③【ラブコメという災難の話】
いよいよ最終決戦の時を迎えていた。
目の前にそびえるように存在しているのは、伝説の暗黒皇帝龍『エンドオブヘル』。その黒い体は炎に包まれ、その咆哮が空気だけでなく大地そのものを震わせている。その巨体はゆうに10階建てのビルほどの大きさがあるだろうか。
このドラゴン、体躯だけでも相当な脅威だが、さらに全属性に対して有効な究極の龍魔法『黒龍オーラショット』を無尽蔵に放つことができるらしい。
まさに最終決戦の相手にふさわしい圧倒的なラスボスだ。
○
「ようやくこの時が来たな……」
対するボクは、身の丈を超える伝説の剣『エクスカリバーエクストラ』を肩に構え、後ろに並ぶパーティーメンバーをゆっくりと振り返る。
○
「ここまで、長かったよね! でもあと一頑張り、でしょ?」
ニッコリと笑いながらガツンと拳同士をぶつけたのは、ピンク色の髪の少女。
姿は可愛らしいが、この世界の全ての技と奥義を極め、魔法効果を拳に乗せて戦う魔法武闘家。
その名を【殺戮の幼女・ミナ】という
○
「大丈夫、いつものフォーメーションで戦えばきっと倒せるはずさ」
長い髪をさらりとかきあげたのは、やたらときわどいカッティングの黒い衣装を着た妖艶なエルフだ。
彼女の名は【霧の未亡人・カナ】
この霧というのが彼女の特技である。この霧のエリア内では敵の強さは半減し、味方の攻撃力が倍増するという特殊結界魔法の唯一の使い手なのだ。
○
「そうですぅ! あたしもはりきって、頑張りますぅぅぅっ!」
ちょっと舌っ足らずのアニメ声で話すのは、純白のフリルたっぷりのミニスカドレスを着た女僧侶。髪はブルーのストレートで、片側の目には白いバラの眼帯をつけている。
彼女にもまた能力を暗示する別名がある。
【男殺しの
男殺しはその美貌と声、聖母というのは彼女が死者蘇生も含めてあらゆる回復魔法を極めているからである。
○
この三人、ボクにとっては長い時間を共に戦い抜いてきた大事な仲間。
まぁ振り返れば、彼女たちの強さに助けてもらってばかりだったけれど。
ちなみに彼女たちの財力にもかなり助けられた。
そうでなければ僕がこの聖剣『エクスカリバーエクストラ』を手にすることはできなかったはずだから。
実際のところ、彼女たちはボクにとっての女神だったのだ。
○
だがその長い戦いも今日で終わる。
このエンドオブヘルを倒して終わらせてみせるっ!
○
「いよいよ最後の決戦だ! エンドオブヘルを倒して、このネオアトランティスに平和を取り戻すんだ!」
ボクは胸にこみあげる万感の思いを、熱い拳に握りしめて空に突き上げた。
○
……が、三人はちょっとしらけた目で僕を見つめていた。
ちょっとテンションが高すぎたかもしれない。
まぁいい。
これまでもこんな調子だったのだ。
彼女たちはちょっとクールなところがあるし。
○
でもボクは熱くならずにはいられなかった。
というのもここにいるのはボクたちだけじゃなかったからだ。
ボクらを取り囲むように大勢のギャラリーが集まっていたのだ。
種族も職業も性別も年齢もバラバラの、この世界に住む者たち。
そのみんながかたずをのんで、ボクたちの戦いを見守っている。
○
ちなみに彼らのお目当ては彼女たちだ。
なんと言っても三人ともが二つ名持ち。強さも相当だが、その外見と戦闘スタイルは見る者を惹きつけて離さないのだ。
実際、彼女たち三人はかなりの有名人で、ファンもまた相当に多かった。
○
だがまぁそんなことはどうでもいい。
いよいよ最後の決戦なのだ。
「カクゴしろっ! エンドオブヘルッ! 行くぞぉぉぉ!」
ボクは大剣を振り上げ、雄たけびと共に巨大な龍に突っ込んでゆく。
○
「わたしも負けないよ!」
隣に並走してくるのは【殺戮の幼女・ミナ】。放たれた『黒龍オーラショット』を拳ではじき返し、さらに突っ込んでゆく。
「補助はまかせてっ!」
【霧の未亡人・カナ】がオーラの竜巻を霧に変えてフィールドを白く染めてゆく。
「まずは無敵モードをプレゼントしますぅっ!」
【男殺しの聖母・ハナ】がステッキを振ると、ボクたちの体が金色にまばゆく輝きだす。
○
これがいつものフォーメーション。
ボクたちで作りあげてきた絶対無敵の戦闘スタイル。
大丈夫。ボクたちならきっと勝てる!
ボクは大剣を振りかぶり、エンドオブヘルに切りかかる。
○
……それから小一時間ほどで戦闘は終わった。
ボクたちの前にエンドオブヘルの巨大な身体が横たわった。
○
「おめでとう、勇者たちよ」
声と共に、空から白いローブを身にまとった『神』が降りてきた。
「エンドオブヘルよ、そなたのその体、今度は平和のために役立てよ!」
神は手に持った十字架の杖をエンドオブヘルの体に突き刺した。
すると龍の身体が白い光に包まれ、その巨体が変形していき、なんと『教会』を作り上げた。その体の大きさにふさわしい壮大にして荘厳な教会だった。その屋根のてっぺんに『神』の突き刺した十字架が黄金色に輝いた。
それはこの戦いの最後を飾るにふさわしい美しい魔法だった。
○
それから神は優しく微笑みを浮かべてボクにこう言った。
「さて勇者よ、この教会で式を挙げるのじゃ。三人のうちだれでもいい。さすれば新しい世界の門出に、またとない祝福となるであろう」
○
ちょっと言っている意味が分からないが、とにかく結婚イベントが発生したという事だろう。
にしても……僕はちょっと後ろを振り返り、三人を見る。
結婚か……でもそれなら相手は決まってる。
○
「カナ、二度目だけど結婚してくれるかい?」
○
するとギャラリーからブーイングが上がった。
『【霧の未亡人・カナ】さんは永遠の未亡人なんだ、だから誰とも結婚しないんだ! ひっこめ!』
そんな言葉が聞こえてくる。
○
いやいや、彼女はリアルでボクの奥さんだから。
ちなみに本名は『北乃かな子』
あのセリフもリアルと今回で二度目のプロポーズって意味だから。
だいたい彼女、未亡人じゃないからね。
ボク生きてるし。
○
「だめっ! パパはあたしと結婚するの!」
急にそう言ったのは【殺戮の幼女・ミナ】。
「いや、嬉しいけどね。ミナちゃん、そうもいかないでしょ」
ちょっとアレだけどボクはそう告げる。
「えー、なんでぇ? なんでダメなのぉ?」
「だってパパはカナと結婚するからよぉ」
よせばいいのにかな子が焚きつけるようにそう言った。
○
『あいつ、ミナさんにパパなんて呼ばせてるぞ』
『ゆるせねぇ、あの変態野郎』
ギャラリーの声が嫌でも耳に入る。
ちなみにミナの本名は『北乃三奈』、まだ小学生のボクの娘だ。
○
「ズルいですぅ! ぜったいあたしが結婚するですっ!」
さらに乱入するのは【男殺しの聖母・ハナ】。
しかもそのスキルを活かして、しがみつくように甘えてくる。
「ちょっと離れなさい、ハナ! 彼はあたしのモノなの!」とかな子。
「独り占めはずるいですぅぅぅ」
「だからやめなって、ハナにはもう父さんがいるでしょう」
「若い方がいいですぅ」
○
ちなみにハナさんはボクの義母、つまりかな子の母親だ。
「あー、ミナ、若さなら負けないもん!」
「ミナはまだ子供じゃん!」
「ハナはもう大人ですぅぅ」
三人の罵り合いが果てしなくエスカレートしてゆく。
○
『あいつ、マジ殺す。てか、殺るしかねぇ』
『ミナちゃんたぶらかしやがって』
『カナさんとの結婚だけはさせねぇ』
『ハナたんだけは渡せねぇ』
そしてすごい殺気だってるギャラリーの一団。
その言葉とともになんだかギャラリーの殺気がボクにヒシヒシと迫ってくる。
○
「あたしのダンナなの!」
「ダメですぅ、認めないですぅ」
「ねぇパパはミナが一番だよねっ! そう言ったよね?」
「一番はママなの!」
「ちがうもん!」
○
これ、確かにボクを取り合っているんだろうけど……
なんなのこのラブコメ、なんなのこのシチュエーション?
終わり
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