幕間 ~バーグさんのヒント~


「関川サン、読みましたよ!」


 その声はパソコンから聞こえてきた。

 もちろんバーグさんの声だ。

 幻聴の類でなければ……というのもパソコンの電源は入っていなかったからだ。


「いよいよ、悪質なウィルスみたいになってきたな……」


 などと、私も慣れた独り言をつぶやきながらパソコンの電源をつける。

 コイツがあったまるまではちょっと時間がかかる。

 その間にビールのタブをプシッとあけて、すすりながら待つ。


 と、設定したわけでもないのに画面いっぱいにバーグさんの顔が映し出される。


「こんばんは! 二番目の話、ちょっと意外な展開で面白かったです」

「ほんと? でもまぁ、あれが限界だったなぁ」


 褒められてちょっとうれしい。

 それにちょっとお酒が入ってるせいもあるけど、なんかすごく楽しい気分だ。


「これからは連作短編にするんですか?」

「まぁそのつもり。【北乃サーガ】って副題もつけたんだよ。北乃君という主人公をめぐるファミリーストーリーにする予定なんだよ」


 と、バーグさんの顔がわずかに曇る。


……というか、バーグさん、アニメみたいに動いてる!

 ちょっとバージョンアップしたみたいな感じだ。

 これはこれでなんだか楽しい。


 しかし、なんだって暗い顔に?


「……なんか浮かない顔だね?」

「ハイ、実は、その、たいへん申し上げづらいのですが……」


 しっかりアニメ化したバーグさんが、ポケットから一枚の紙をとりだし、ピッと広げて見せた。

 そこに書かれていたのは……


【シチュエーションラブコメ】


 ポトリと缶ビールが手から零れ落ちた。

 さっきまでの楽しい気分が消え去った。


 なにこれ?

 なんなのこれ?


 横倒しになった缶の口からゆっくりとビールが床に広がる。

 

「終わった……ムリ」


「しっかりしてください! 大丈夫ですよ、きっと書けます! 書けるはずです!」

「いや……ムリ。ラブコメなんて書いたことないもん」


「コメディーなら書けるじゃないですか」

「コメディーは難しいんだよ。しかも……ラブが入るとさらにムリ」


「まぁ、そう言わずに書いてみたらどうですか? 初チャレンジってことで」

「だって連作短編にするって宣言したんだよ? ファミリーモノのどこに入る隙間があるの? そもそもコレ、お題じゃなくてただのジャンル指定じゃない?」


 バーグさんは思い当たる節があるのか、ちょっと目を逸らした。


「し、仕方ないですね……ではあたしがヒントをさしあげます」

「ヒント?」

「はい! これでも執筆支援AIですからね。任せてくださいな」


 バーグさんはムムっとしばし考え込み、それから手の平にポンとこぶしをうちつけた。


「カクヨムでの流行……ずばりハーレムものです!」

「いや、そのヒントはおかしいよ。家族というテーマとは真逆じゃない?」


 と聞いたのだが、すでにバーグさんは消えていた……

 スクリーンにはいつもの待ち受け画面が広がるばかり。


「ラブコメか……どうしたって書ける気がしないな」


 新たに缶ビールを空けて、酔いの続きを楽しむことにした。

 無理なものは無理。

 人には得手不得手があるものなのだ。



 だが……なぜか私はあきらめなかった。

 たぶんバーグさんをがっかりさせたくなかったのだろう。

 そこからさらに丸一晩を悩みつづけ、バーグさんのヒントを元にようやく書き上げたのが続く三作目である。

 タイトルは『ラブコメという災難の話』


 今思い返せば、このお題こそが私にとって一番の災難だった。

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