②【二番目を狙う夫婦の話】

「また次点だったよ……」

 電話口から聞こえる北乃君の声が暗い。


   ○


 北乃君とは半年前に結婚したばかり。

 彼はどうにもこうにも落ち込みやすい性格で、すごく態度に出やすいタイプ。


 今は哀しみのどん底にいるみたいな、今にも泣きそうな声を出している。

 きっと体からは黒いモクモクしたものが洩れ、全身を覆っている違いない。


   ○


「それ、社内コンペだっけ? スイーツのコピーかなんかだよね?」

「ああ、うん。三か月もかけて準備したのに、残業だってイッパイしたのに」

「してたねぇ……アタシをほっぽって」

「あ、ゴメン」

「ほら、またそうやって謝る」


   ○


 北乃君、いい人なんだよね。だから結婚したんだけど。

 でもとにかく自信がないのか、遠慮してるのか、すぐ謝る。

 そう言う態度はいい加減直してほしい。

 なんたって『アタシのダンナさん』なんだから。


   ○


「でも二番ならいいんじゃないの?」

 アタシはそう北乃君に告げる。

 まぁ、それくらいしか、かける言葉が見つからないんだけど。


「……二番じゃ意味ないんだよ」


 北乃君はちょっとためらってから、そっとそう言った。


   ○


「そう言えば北乃君って二番が多いよね、なんだっけ? 絵画コンクールだっけ? 銀メダル一杯あったよね」

「違うよ、読書感想文と作文コンクール、ま、どれも二番には変わりないけどね」

「二番でもすごいじゃん。アタシなんかメダルなんてもらったことないよ」


「社会じゃさ、


   ○


 あ。これは地雷かも。

 アタシはピンとくる。


   ○


 ここはなんとか慰めてあげたいところだけど……

 そう思って財布を見る。

 うん。月末だしね。

 財布はパンパンに膨らんでいるが、中は小銭とレシートとその他のクーポンとかなんかのチケット。

 御馳走作ろうにも、今日は商店街で特売のメンチカツ買って来ちゃったし。

 うーん、困ったな。あのテンションがしばらく続きそうだし。


   ○


「ホントはさ、このコンペ勝ち取って、課長に昇進して、昇給して、キミを旅行に誘うつもりだったんだ」


 もう消え入りそうな声でそんなことを言っている。

 その言葉は嬉しいんだけど、泣き言交じりで言う言葉じゃないよね?


 


   ○


「ねぇ、今日は駅まで迎えに行くからさ、ちょっと商店街に寄ってかない?」

「え? なに? 別にいいけど」

「じゃ、駅で待ってる」


   ○


 そして一時間後、私たちは駅で待ち合わせてから、一緒に商店街のとある場所にたどり着く。


   ○


「え? なにここ? なんでここ?」


 ガランガランガランと派手でやけに軽い感じの鐘の音。

 ジャラジャラと絶え間なく寄せては返すプラスチックの転がる軽い音。

 そしてチケットを握りしめ、列をなしている老若男女の群れ。


 さて、ここはどこでしょう?


   ○


「そ! 福引所。財布に一回分貯まってたのよね!」

「それだけのために来たの?」

「そう、北乃君の特技を生かしてもらうためにね、ほら見て!」


 福引のガラガラの後ろには巨大なポスター。


「一等はお米一年分、二等の商品は国内温泉旅行!」


   ○


「いや、ムリだよ。ボクはクジ運ないよ、ティッシュしかもらったことない」


 


 そう言って北乃君にクシャクシャのチケット十枚を握らせて送り出す。


   ○


「いや、ムリだって、ホント」

 なんてチラチラとアタシを振り返りながら列を進み、チケットを渡し、それからゆっくりとガラガラを回す。

 ちょっと離れていたけど、なんかいい感じの球がポトリと落ちるのが見えた。

 そして……


   ○


 ガランガランと派手な鐘の音。

 続くは商店街のオジサンの元気な声。


「おめでとーございますっ! 見事二等! 国内旅行、おおあたーりぃぃ!」


   ○


 チケットをもらって、なんだか苦笑いを浮かべている北乃君。

 その姿がなんとも愛おしい。


 アタシは彼にグッと親指を立ててみせる。


   ○


(北乃君、少なくともキミはあたしにとってだよ)


   ○


 まぁこれを伝えるのはナシにしよう。


 いつか自分で気づいてほしいからね。


 終わり

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