第5話 29
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怖ろしい大樹は毎年の巫女の反応をこそ楽しみになるようになっていた。
多少はマシにできないかと色々な奉納をすることも試みた。
悍ましい収穫祭の森での出来事を知る巫女たちは今まで以上に長続きしなくなっていた。
代替わりは早くなったが候補者全てが巫女の経験者となる事態に至り、一族から排出することは難しいが次の世代に引き継ぐことをどの巫女経験者も嫌がった。
それくらいならば自分がもう一度というのが子を得た母の気持ちだったのだろう。
長い話し合いの末に同世代の巫女の中でこのない者がもう一度巫女としての役割を果たすことになる。
巫女として遠ざかっていた期間は確かに癒しになったが、完全に癒えたとは言い難い生乾きの傷である。
さりとて娘や妹の様に可愛がった姪たちにあれを経験させることも躊躇われた。
恐怖と嫌悪感、義務と親族への愛に挟まれた懊悩の果てに決意を固めた迷いも未練もある選択だった。
収穫祭の様子はかつてより更に豪奢になり一時はそれに耽溺して忘れることにした。
覚えのある収穫祭の儀式が進むにいつれ、胸の鼓動が強く感じる。
いよいよ迫ってくる。森へと大樹へと向かう儀式の最後が。
何へ祈っていたのだろうか自分でも分からないが、ひたすらに何かに縋りたかった。
そうしている間にも大樹へと一歩一歩進んでいく。
久しいな巫女よ。
大樹の意志が聞こえたような気がした。
以前とは違う意志を感じた気がした。
だが、一体大樹が何を求めるのか分からない。
いや分かってはいけないのではないかということが体に走る。
お前とは一緒に楽しもうではないか。
興味が己に向くことを感じ、恐慌状態になる巫女。
遅かった。大樹はすでに決めていたし、巫女に逆らうことはできなかった。
儀式でこの場所へと誘われた時点で承認したに等しい。
鼻が舌が口が、自分だけのモノではなくなってしまった。
蠱惑的でもあったが、同時に自分が自分で無くなっていく。
大樹は貢物から一掬いして果物を巫女の口を通して味わう。
あまい。
干し肉を一掬いして長く咀嚼する。
うまい。
渇きを覚えて、水を一掬いして啜る。
いえる。
それから、手当たり次第であった。
人が食べるもの、食べられないもの、食べてはいけないもの。
巫女の思いなど、お構いなしである。
それすらも味わっていたのかもしれない。
一つの夢が終息した先にさらなる夢が始まった。
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