第24話 誇り高きお姫様

 ミアは目を開けた。

 背中に感じる硬くて冷たい床の感触。切り裂かれた腹が焼けるような痛みを訴え、その代わりにミアの全身から熱を奪っていく。経験がなくとも容易に察することができた。長くは、保たない。

「イオ、は」

 呟いた声は掠れていた。ミアは自分の喉が涸れていることに気付いた。

「最初に言うことが、それか」

 やや呆れの色を滲ませた声の主は、アトラスだった。その足下に、イオは倒れていた。腕を投げ出すように横たわる様は、ただ眠っているだけのように思えた。

「イオ」

 ミアは手を伸ばした。繋いだ手にはまだぬくもりが残っている。安堵と達成感にため息が漏れた。

 やっと、だった。イオが手を差し出してくれてから七年を経てようやく、ミアは自分からイオの手を取ることができた。

「眠っている間に考えたの」

 ミアは誰に言うともなく呟いた。

「もしも、もう一度『ミア』として目覚めることができたのなら、イオを渡そうと」

 一年後か十年後か。いつになるかわからないが、いずれミアは極星を次の姫に託すことになる。それがどんな人であれ、この使命は重荷になる。絶望するかもしれない。自分がそうであるだけにミアの胸は痛んだ。『呪い』とまで呼ばれる使命を押しつけなければならない未来に。

 そう、だから。

「極星と一緒にイオも渡すの。そして言ってあげるの『戦おう』って」

 使命が呪いならば、星騎士は呪いに打ち勝つ力だ。トレミーやベルの言う通り、この世界にはキスで目を覚まさせてくれる王子様はいないのだろう。しかし立ち向かおうとする姫に力を貸してくれる騎士はいる。

「残念なのは、自分で渡すことができないことね」

 問題はない。あとはエヴァに託している。極星は渡さなかった。自分は使命を果たしたのだ。ミア=リコがやるべきことはもう、何もなかった。

 ミアはホロスコープを起動させたーー最後の占星術もまた、トレミー=ドミニオンが編み出したものだった。

〈転移〉と一般的には呼ばれているが、当時トレミーがこの占星術につけた名は〈白い天馬〉だという。乗馬が苦手だった自身に対する自嘲の意味を込めたらしい。しかし、ミアには星騎士イオが「馬がなければ歩けばいい」と背中を押してくれていたような気がしてならなかった。

(会いたかったわ)

 最期に一目だけでも。

「諦めるのは早過ぎやしねえか」

 占星術発動直前でアトラスが言い出した。

「生き残る方法ならいくらでもある。たとえば、手っ取り早く俺に極星を渡して命乞いするとか」

「永遠に眠るのと死ぬのは一緒だと思うけど」

「お前が逃げないと誓うなら、呪いはかけねえ。俺はペットには甘いぜ? 怪我の治療もするし、望むならどこへでも連れて行ってやる。少なくとも城に閉じ込められているよりはずっと自由だと思うがな」

「それも楽しそうね」

 ネメシスを旅しよう。ジャックとアトラスと自分の三人で。海を近くでゆっくり見てみたい。できれば泳いでもみたい。今度こそ自分だけの王子様を探しにいくのもいい。きっと楽しいだろう。たくさん笑えるだろう。極星の姫でいる時よりも、ずっとーーでも、

「……やめておくわ」

 ミアは微笑んだ。

「そんなことをしたら、イオに怒られちゃう」

「使命に殉じるのか?」

「いいえ」

 ミアはイオの手をぎゅっと握った。先代の星騎士イオは禁忌を犯した。だからミアはここにいる。極星を守る使命に必要ではない『余計なこと』をしたからーーだからこそ、ミアは心から感謝したかった。残る力を振り絞ってミアはホロスコープを起動させた。

「星騎士に誇れる姫でいたいの」

 ひときわ白く輝く星を移動。疎ましかった眩し過ぎる星も最後だと思えば寂しい。

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