ふたつの毒杯 下

 さてそれからしばらくののち、シャルル(いちいち「ジャン」をつけていてはやかましいことこの上ないので、略)の離れに1通の手紙が届いた。勿論差し出し主はジュールである。シャルルは上等の便箋に、滞りなく返事の手紙をしたためて、記載の住所へ送らせた。このやり取りの結果、2人のジャンは大胆にも、シャルルの自室で密談をすることと相成った。

 ジュールが離れを訪れると、使用人ではなくシャルル本人が出迎えた。ほかに人の気配はしない。案内された部屋は、テーブルと椅子こそあるがとても応接室には見えなかった。ついでに言うと、シャルルの人となりにも全く似合っていなかった。不審そうな顔をしているジュールに、酒場でしたように蓮っ葉な笑い声を投げつけ、シャルルは単純明快な答えを示した。


「ここ、もとは書庫だったんだ」


 成程、天井に届こうかという本棚がぎっしり並んでいるわけである。だがジュールにそんな顔をさせているのは本棚ばかりではない。テーブルの端に、今さっき片づけましたという風情で、栞を挟んだ本がいくらか積まれているのだ。テーブルの脚に立てかけてあるもの、椅子の脇に放り出してあるもの。

 ジュールの視線の意味に気づいて、シャルルは軽く舌打ちをした。


「ンだよ、わりーかよ」

「いえ。只、意外だな、と」


 積んである本の背表紙を確認する。流行の三文小説かと思いきや、そのタイトルはごりごりの古典文学であった。ジュールが昔挫折したものだ。本棚に目を移せば、やはり古典と、学術書が多い。本については門外漢のジュールには、いったい何について書かれた本なのか、想像もつかぬ背表紙も目立つ。ちらほらある禁書は、見なかったことにした。


「おいおいジャン、お前ってばオレんちの蔵書見に来たわけじゃねぇだろーがよぉ。こっち向きな。話しようぜ、話」


 ジュールが本棚に目を奪われているうちに、部屋には珈琲の香りが充満していた。随分と手慣れた様子で、2人分の珈琲を用意するシャルル。お湯はどうしたのかと聞けば、ジュールが来るのを見越して厨房からもらってきたらしい。


「厨房の方はさぞ驚いたことでしょうね」

「うんにゃ。いつものことだから、向こうも慣れたモンよ」

「貴族らしくないとは思っていましたが……いささか度が過ぎやしませんか?」

「オレは自分のまわり、めったやたらにうろうろされたくねぇんだよ。ほら、かつてこう言った奴がいた。『偉大な天才の本は葡萄酒だ』ってな。従僕にべったり張り付かれちゃあ、酒も本もやりずらくってかなわねぇや」


 珈琲と椅子をすすめられて、ジュールはようやっと自分が立ち尽くしていたことに気が付いた。椅子に腰を据えると、ジュールは改めてシャルルのことをまじまじ見つめた。当の本人は「どうした?」と細い首をかしげるばかりである。

 安酒場で呑み、野卑な言葉を好み、書庫に住み書物を愛し、自分で珈琲を淹れ、兄を殺そうとしている。ひとつふたつならともかくとして、これを全て兼ね備えた貴族の少年というものは、国中を探し求めてもシャルルそのひとしかいないのではあるまいか。しかもこの奇矯な少年はびっくりするほど美しいと来ている。彼自身が書物の住人であり、そこからやってきたのだと言われても、いささかの疑問くらい吹き飛ばされて、納得させられてしまいそうである。

 自分は鉄砲玉のつもりで、なにやらとんでもないものをひっかけてしまったのではあるまいか。

 ジュールは唇の端をひきつらせた。


「ジャン?」


 怪訝そうに眉を寄せたシャルルの声で、ジュールは引き戻された。そうとも、これは現実。いくら変わったやつであっても、おとぎ話の王子様だってわけじゃない。人より見目がよくって、そのうえで変人。ただそれだけ。そう自分に言い聞かせて、ジュールは居住まいを正す。目の前の取引に、きちんと立ち向かうため。


「ええと、失礼いたしました。お話をしましょうね……まずは、ここが本当に安全なのかどうか」

「ッてぇと?」

「人に聞かれたくない話をしても大丈夫ですか、という意味ですよ」

「そりゃお前、当たり前だよ。失礼しちゃうなぁ! オレが何のためにここを指定したと思ってる。オレ、こんなだからな。使用人は必要以上に来ねぇ。母屋にも、叫び散らしでもしないと声は届かねぇ。どうしても心配なら小声で話そうぜ。万にひとつ、誰かオレに用がある奴が来ちまったとしても、さすがにノックはするしその間にどうやってごまかすか考えてくれ」

「……わかりました。では、お話を進めましょう」


 持参の荷物をしばしこねくり回して、ジュールはかわいらしい小瓶を2個、テーブルの真ん中あたりに並べた。握りこぶしで入ってしまいそうな大きさの、しかし精巧な小瓶は、白い陶器の肌に野の花の絵付けがされている。双子さながらに似通った瓶だが違うところも1つある。それは色だった。

 花の色が、一方は赤く、もう一方は青いのであった。

 カップの端にゆるく歯を立てながら、シャルルはそれを見ていた。口を離して開口一番、


「毒?」

「ご明察」


 どちらからともなく、にやりと笑う。

 共犯者の笑みというのは、これで合っているのだろうか。


「どうして2つあるんだ?」

「それはこれからお話いたします」

 ジュールによれば、赤い花の瓶が致死毒だという。瓶の中身を全部相手に飲み込ませることが出来れば成功間違いなしという劇薬だ。いくばくか異味があるので味の濃いもの――珈琲か酒にでも混ぜるとばれにくい、ともジュールはつけ加えた。

 問題は青い花の瓶である。

 ジュールによればそれは自分の器にそっと流し込んで、兄の毒酒と同じくして飲み干せとのことだった。


「なんでまた」


 シャルルは不満そうである。兄を殺すという一大事に、よくわからない仕事が増えて鬱陶しいのだ。


「お渡しした毒ですが、まず間違いなく人ひとり殺せます。とても便利ですがひとつ欠点がありまして。と言うのも、残るんです。器に。ちょっとこっち側を齧っている人間ならばすぐにそれとわかるでしょう。あなたが出した飲み物でお兄様が死んだら露骨に怪しいうえ、調べられたらそれこそおしまいです」

「ん。ま、それはわかる」

「この瓶は、同じ毒を薄めたものです」

「……へぇっ」


 2人の器から毒が出れば、2人ともが狙われたと思わせることができる。勿論青い花の瓶は、中身をすべて飲んでも人を殺せる量じゃないと、ジュールは説明した。


「薄めてはいても毒ですからして、多少の眩暈や悪心はあるかと思います。そこは我慢して頂きたく」

「うーん……うん」


 珍しそうに2つの瓶を矯めつ眇めつして、シャルルは2度、3度、頷いた。それがジュールの言葉に対する納得なのか、単にひとりごちているのか、傍からはわからない。いっそジュールのほうが不安になって、やや、前のめりになる。


「この計画で、問題は、ないですか」

「んー……多分いける」


 シャルルはあっさりと答えた。

 ジュールの顧客はもっと渋る。そうすると決まっていても、勿体をつける。だから、あんまりあっけらかんとされるのもそれはそれで、ジュールは不安なのだ。


「お兄様と、仲がお悪いのでは? うまくやれますか?」


 不安ゆえの質問。こんなのは、何年ぶりだろうか。ジュールの焦りをよそに、シャルルはあくまでくつろいで、言った。


「兄貴はオレのこと嫌いだけど……話し合いたいって言や、突っぱねはしねーだろ。基本、甘ちゃんなんだよ」

「……成程」


 物騒な小瓶をテーブルの端に避けて、シャルルは肘をついた。傾けた頬を手のひらで支え、とんとん拍子に行き過ぎてやや困惑するジュールの顔を、真正面から覗き込む。


「なぁジャン。これで交渉は成立だよな」

「ええ、そうですが」

「つまり、仕事の話は終わったな」

「はぁ」

「……このあと、暇か?」

「そうですね。特に、用事はありません」


 シャルルは幼い頬に喜色を浮かべて立ち上がると、壁際の、唯一本棚以外の調度である物入れを開けた。

 中にはワインの瓶がごろごろ入っていた。


「そんならゆっくりしていけよ。従僕以外がここに来るのは久しぶりなんだ」


 乾きものなら肴もある、と別の引き出しを開けるシャルルの背中を見て、ジュールはすっかりあきれ返ってしまった。なぜそこまでして呑むのであろう。ジュールの3分の1の歳だと言われても頷けてしまう少年が。少なくともジュールが彼くらいの歳のころ、仲間うちには背伸びして、頑張って呑んでいるやつがせいぜいだった。ジュールのお育ちが悪くなかったせいもあるかもしれないが。

 ふと、シャルルが振り返った。彼はジュールの思案顔を誤解して、「やっぱり、帰るか?」と物悲しい顔で問うた。


「いいえ。ご相伴にあずかりましょう」

「良かった!」

「本当に好きなんですね」


 何の気なしにジュールは言った。その言葉で、シャルルの睫毛に憂いが灯る。


「ああ、好きさ。好きっていうか、どうしても要るものなんだ。かつてこう言った奴がいた。『一生を洗い流してくれるのは、ただ酒だけである』ってね。オレなんか全部流されて、なくなっちまえばいい」

「……当主になりたいのではありませんでしたか? 今回のお話もそのためでしょう」

「そう思うときもあれば、そうは思わないときもある。……湿っぽくていけねぇなぁ! これは聞かなかったことにしてくれよ。さぁて、赤と白、どっちがいい?」


 一生を語るには、シャルルは若過ぎる。

 だけれどその指摘をジュールは胸に仕舞った。

 この少年の一生は、早ければ明日にでも流れてしまうのだ。2つの瓶の中身は同じなのだから。


 ***


 長兄のジョゼフはずうっと前からシャルルを嫌っている。なにもシャルルが妾腹だからではない。単純に、シャルルの素行がすこぶるつきに悪いのが厭なのだ。

 根っから生真面目なジョゼフは、幼いシャルルの悪戯に毎度毎度目くじらを立てていた。シャルルが長じて「悪戯」を卒業し、「悪行」に走り出すと、呆れてものも言えなくなった。

 そんな冷え切った兄弟ではあるのだが、なにぶん根っから生真面目なので、不出来な末弟が普段の狼藉からは想像もできないほどにしょげ返った様子で「相談したいことがある」と縋り付いてくるのを断れる道理は無かった。

 ジョゼフはシャルルのやみくもな殺意に気づくどころか「ひょっとしたら、奇跡が起こって改心したのかもしれない」とすら思っていた。生真面目なのに加えて、善良過ぎるのが彼の不幸だった。流石にいきなり許すつもりはなかったが、相談の内容如何では兄弟らしく歩み寄ろうだとか、当のシャルルが知ったら鼻で笑いそうな綺麗ごとがジョゼフの脳裏を巡っていた。

 相談の場所にシャルルが指定したのは酒場だった。勿論平素シャルルが入り浸っている小汚いところではなくって、きちんとしたお上品な店だ。ジョゼフも友人たちとともに何度か足を運んだことがある。シャルルの酒癖の悪さを知っているジョゼフとしては不安を感じないでもなかったが、過ぎるようなら自分が止めればいいと思っていた。

 さて、そのシャルルだが。

 それはもう酷い有様であった。席についてから始終そわそわきょろきょろして、明後日の方を見やっては口ごもり、ジョゼフの顔を見て何事か言いたそうにしては止め。顔色もひどく悪い。体調が悪いのか、今日はもう帰ろうかと気遣うジョゼフに、シャルルは生返事ばかり吐き出して、肝心のことはまだ、何ひとつ喋っていなかった。

 見かねたジョゼフは「好きだろう、どうだ」とグラスを指した。まだ手つかずだ。少し酒が入ったくらいのほうが、喋りやすいだろうという気持ちもあった。


「兄貴も呑んでいないじゃないか」


 言われてみればそうだった。シャルルの様子があんまりにもあんまりだったので、自分のグラスにまでは気が回らなかったのだ。

 おぼつかない手でシャルルがグラスを取り、差し出した。ジョゼフもそれに応じる。

 グラスのぶつかる澄んだ音。

 そして2人は、真っ赤なワインを呑み干した。


 ***


 夜半。

 ジュールは勝利の盃を傾けんと上機嫌でワインを選んでいた。今日が決行日なのだと、変なところで几帳面なシャルルは手紙を寄越してきていた。今頃はあの邪魔くさいジョゼフと、あの可哀想なシャルルが2人揃って死体になっているはずだ。白のいいやつを1本選び出し、テーブルに運ぶ。

 思えば奇妙な縁である。お互いまっとうに生きていたならば、絶対に手を組まないだろう組み合わせ。そのうえ、こちらもジャンであちらもジャンと来ている。

 多少の愛着はあったかもしれない。少々惜しいと思う気持ちも事実ある。が、死なせてしまったことに対しての後悔はいっそさっぱりするほどにない。おもちゃを壊したようなものだ。子供だったら泣き喚くだろうが、ジュールは大人なので冷めたものである。

 さて一献というところで、扉がノックされた。

 なんと間の悪い客であろうか。ジュールが舌打ちひとつして、返事をしようとしたところで、先に扉の向こうから声がかかった。

 ジュールは慄然とした。なぜならそれは、もう死んでいるはずの者の声だったからだ。

 震える指で錠前を外す。

 死人の笑みが顔を出す。


「祝杯なら」


 あっけにとられているジュールに頓着せず、その少年は大股で部屋に入ってきた。我が物顔でジュールの真横にまでやってきて、シャンパンボトルでテーブルを小突き、弾けんばかりの笑顔で言う。


「そぉんな安酒よりも、こっちにしろよぉ!」

「ジャン……!」


 笑っていても、その顔には疲れが滲んではいた。が、姿かたちに声に立ち振る舞い、頭のてっぺんからつま先までそいつはまさしくシャルルであった。ジュールが毒を服ませて死なせたはずのシャルルである。やはり馬鹿にも限度があって、自分の盃には毒を入れなかったか。それなら証拠はどうなったのか。彼が疑われたのならば、こんなにすぐには帰ってくるまい。

 なによりシャルルは、ジュールの殺意に気づいているのかいないのか。もしいるならば、どうしてくるのか。

 久方振りに、ジュールの背に嫌な汗が浮く。


「……首尾はどうでしたか?」


 まずは当たり障りのないところからだ。素早くいつもの怖い顔を取り繕って、ジュールは余裕の表情で問いかけた。シャルルは満面の笑みを半ば引っ込め残りを歪め、割った花瓶をごまかすような困り笑いを作った。


「正直に言うけど、うまくいかなかった。ゴメン……でも、兄貴は死んだしオレも無罪放免だから、結果的に成功ってことじゃあダメかな?」

「いまひとつ、意味がわかりませんね」


 その言葉を叱責ととってか、シャルルは今度こそ正真正銘の困った顔になって、所在なさげに両手の指を組んだりほどいたりし始めた。


「ちゃ、ちゃんと説明するからさぁ! まずはオレの話を聞けよ!」

「……ふぅ」


 ため息ひとつに、シャルルの肩が跳ねる。ジュールは自分がグラスを持ったままなのにようやく気付いて、それをテーブルに戻した。


「説明してもらってもいいですか?」


 隣の椅子を指せば、シャルルは少しばかり安心した様子で、そこに掛けた。


 ***


 そもそもの失策はシャルルが部屋を出る前に遡る。

 シャルルは緊張していた。

 無理もない。この歳にしては悪事の場数を踏んでいるとはいえ、人殺しは初めてだ。おまけに、自分の兄と来ている。止めるつもりは毛頭ないが、溜息ばかりが部屋に積もった。

 こういう時にやることは、ひとつと相場が決まっている。少なくとも、シャルルにとっては。

 彼はワインの封を切った。

 グラスに移す手間さえ惜しんで喇叭呑みで、たちまちひと瓶空けてしまった。平素ならばこのくらいで気持ちよくあったまる頃合いなのだが、まったくもって「来ない」。ジョゼフと約束をした時間まで、もうあまり間がなかった。シャルルは焦った。焦って、もう半瓶やってしまった。半分残すくらいの頭はまだあった。そもそも呑むなという話だが、兄を殺そうなんて一大事、呑まずにやってはいられない。

 そこまで呑んでも酔いらしい酔いが訪れぬまま時間が来てしまった。ただただ具合が悪くなっただけである。しかしその蒼白な顔色でもって、ジョゼフを動揺させられたのは幸いだった。その隙に乗じて、仕事は無事にやりおおせた。シャルルの指は、悪事を働くときだけ有能なのである。あとはこいつを呑ませるだけだ。

 都合の良いことにジョゼフのほうから水を向けてくれた。演技ではない憔悴ぶりで、乾杯の格好に持っていく。怪しまれないように、どうかひと息で干してくれ。それだけをシャルルは祈った。

 かくして、祈りは通じた。

 2人のグラスはめでたく空になり、シャルルはほっと胸をなでおろした。毒はどのくらいで効くのだろうか。なんにしろ仕事は終わった。これで安心だ。

 ジョゼフが怪訝な顔をして、胸に手を当てた。もう効いたのか。それとも、味に異常を感じたのか。後者だとよくない。気付かないままでいてくれ。

 ジョゼフが気付いたのか、どうか。それを確かめることは、シャルルには出来なかった。

 緊張の糸が切れたことで、押し寄せてきたものがある。

 酔いだ。

 しかも、たちの悪い。

 シャルルは椅子から転がり落ちて、胃袋の中身をすっかりぶちまけてしまった。


 ***


「と、まぁそういうわけ。あとのことはよく覚えていないんだけれど、気が付いたらジョゼフの兄貴が死んだって聞かされて、オレだけでも生きててよかったってルイの兄貴泣いてて」


 2人分のグラスからはしっかり毒が出て、ジュールが語った陳腐な筋書き通りの結果になった。そして、シャルルは生きてここにいる。

 ジュールは慄然とした。そんな馬鹿な話があってたまるものか。シャルルは何も知らないまま、愚行によって己を救った。それこそ書物の滑稽噺。この無知な兄殺しは、今なおジュールのことを信頼しているようだった。


「それでこれだよ。とっときを持って来たんだ」


 ボトルを指で弾いて、シャルルはにいっと笑った。ジュールが出していた瓶のラベルを確認すると、いっそう笑みが深くなる。


「へえぇ、なんだジャン、いい趣味してるじゃねぇか! お前だって好きなんじゃねぇの。珈琲もいいけれど、やっぱりこっちだよなぁ。いいねえ、いいねえ。かつてこう言った奴がいた。『酒はいいものだ。実においしくて。毒の中では一番いいものだ』……」

 

 歌うように言いながら、教えてもいない場所から勝手にグラスを取り出すシャルル。自分が毒杯を贈られたとはつゆほども思っているまい。彼の身ごなしに付きまとうけだるさは、悪酔い、ただそれだけだ。

 なにもかもがどうでもよく感じられた。今晩に限り、ジュールは深く考えるのをやめようと思った。


「ではジャン、祝杯を上げましょう。あなたのぶんのグラスも出してくださいな」


 シャルルは苦笑して、ひらひら手を振った。


「オレ、吐くほど呑んだからさぁ。今日はもう、酒はいいや」



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