ex 土産話
「じゃあ次、Aランクのテスト始めまーす」
スタッフがやや事務的にそう宣言する。
Bランクのテスト内容が同じだった以上、Aランクのテスト内容も同じだと考えても良いのかもしれない。
まだ出現していない新たな幻覚の対戦相手をリーナはそう予測する。
常に同じ相手なのか日替わりなのか……いずれにしても後々の人間が対策を取りやすい欠陥だらけのやり方な気がするが、まあその辺りはどうでも良かった。
どんな相手が出てこようと。
このテストがどれだけ欠陥だらけでも。
とにかく、やれるだけの事をやる。
ただそれだけだ。
(……そろそろ強化魔術、かけ直した方が良いかな)
最初のDランクのテストの際に掛けておいた気休め程度の強化魔術が切れかかっていた。
本当に気休めでしかないが、今の自分には少しでも力が必要で。
だからかけ直しておく。
……そのつもりだった。
(……あれ?)
違和感はすぐに感じた。
魔術が発動しない。
発動に失敗するとかそういう事以前に、使おうとする事そのものができない。
(え? なんで? おかしいな……んん!?)
こんな事は初めてなので、両手に視線を落として内心とにかく焦りまくるが、すぐにその答えに気付く。
(ま、まさか魔力切れ?)
確信は持てないが、ほぼそれが答えな気がした。
今まで魔力が切れるまで魔術を行使し続けるような事は無かった。
一度使えば全部の魔力を持っていかれるような協力な魔術は覚えていないし、今覚えている魔術だと余程変な使い方をするか、それこそ例えるならトレーニングでフルマラソンを走るような、全部出しきるような使い方をしなければ枯渇しないと思っていた。
だから、今までそんな経験は無かった。
……で、余程変な使い方をしたが故にこの状況だ。
(え、どうしよ)
考えるが打開策なんて思い付かなくて。
「うわ……えぇ……」
対処法もなにもなくなったリーナの周囲にグレンが相手をしていた黒い霧の幻覚が五体出現する。
(……マジかー)
先程のグレンの戦いを見ていたから分かる。
(うん、これは……無理な奴だ)
というより魔術無しではDランクのテストすら無理である。
そしてここまで絶望的な状況になれば。
そして一応死にはしないという保証はあるから。
(こ、これは腹括るしかないか……嫌だなぁ怖いし)
そう思いながらも、苦笑いを浮かべながら一応覚悟する事はできた。
……とりあえずこちらに向かって一斉に飛びかかってきている黒い霧の一撃が、あまりしんどくない物である事を祈ろう。
そして。
(……うん、もう仕方ないしプラス思考で考えよう。わ、悪い事だけじゃないし……)
そう、悪い事だけじゃない。
(……ちょっとした土産話になるし)
多分流れ的に後々クルージもこのテストを受けて。
というかあの受付嬢さんに受けさせられて。
無茶苦茶失礼だろうけど多分うまくいかないだろうから。
先に幻覚の餌食になった先輩として、聞かれたら色々と教えられる。
あまり良い話題ではないかもしれないけれど……というか良い話題ではないのだけれど。
それでも多分楽しく話ができるだろうから。
そう考えると、怖いけど別に良いかって思えた。
そう考えるリーナに、黒い霧の腕が振り下ろされる。
結果、あっけなく一撃。
そんなどこか前向きな考えでは逃避スキルが発動する訳もなく。
リーナの昇格試験はそこで終了した。
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