25 不安な事

「なんの話してたんですか?」


「まあ色々だよ色々」


「へぇ、なんか怪しいっすねぇ……」


 興味津々にリーナがそう言ってくるが、前半部分は面と向かって言える話じゃないし、後半部分も他言無用みたいな話で、誰かに態々話すような話ではないし。

 うん、誤魔化そう。そうしよう。


「まあ怪しいかもしれねえけどマジで普通の雑談だよ。んな事よりほら、次お前の番なんだから。備えろ備えろ」


「あ、そうっすよ! 次私の番!」


リーナが思い出したように身構える。

 身構えて……若干不安そうな表情を浮かべる。


「……えーっと、改めて言うっすけど……今みたいな奴と戦う……んすよね?」


「全く同じかは分からねえけど、違ってても俺と戦った奴に準ずる奴が出てくるだろうな」


「うえぇ……まーじっすか……」


 リーナがしんどそうな表情を浮かべる。

 ……当然だと思う。

 いや、ほんとに。

 後方支援系のリーナに今のと同じ試験が実施されるのだとすれば無茶苦茶にも程があるが……多分やるだろうなぁ、その辺考慮とかしてなさそうだし。


「リーナさん。あんまり無茶はしないでくださいね」


「そうっすね……あ、でもまあ多少無茶な事しても怪我する訳じゃないっすから。やれるだけ頑張るっすよ!」


「その意気だ! でもほんと、無茶はすんなよ」


「先輩もアリサちゃんも心配性っすね。怪我する訳じゃないんすから、無茶しても大丈……」


 リーナがそこで何かに気付いたように言葉を詰まらせる。


「どうした?」


 グレンがそう尋ねると、リーナは恐る恐るグレンに問いかける。


「えーっと、一応聞いとくっすけど、さっきの戦いでグレンさんは攻撃喰らって無かったっすよね?」


「喰らってねえけどそれ聞いてどうする……ああ、そういう事か。なるほどな」


 色々と察しが付いたようで、グレンはそう言う。


「えーっとどういう事?」


「ボク達にも教えてくれると助かります」


「あーいや、良く考えたらっすよ」


 リーナはこの試験システムについて、俺達が軽くスルーしていた問題に踏み込む。


「この試験で負ったダメージは体じゃなくて精神の方のダメージに変換されるって話じゃないっすか。私もあ、怪我しないんだ、ふーんって思ってたっすけど……いやなんなんすか精神的なダメージって。それ喰らっても本当に大丈夫な奴なんすか!?」


「「……」」


 俺もアリサも思わず黙り込む。

 え、マジで大丈夫なんだろうな……そんな所にリーナ送り込んで大丈夫なんだろうな!?


「まあ大した事ねえだろ。精々少しの間気を失う程度なんじゃねえか?」


 三人して不安がってる所に、少し冷静気味にグレンが言う。


「別に今日の俺が試験受ける最初の一人目って訳でもねえだろ。もし洒落にならないダメージを負うんだったらもう既に問題になってる。それに……いくら評定の基準や難易度がイカレてるとしても、この試験や制度自体はギルドに所属する冒険者の死傷者を減らす目的で作られてる訳だろ。だから幻術相手に戦うシステムが出来た。だとすりゃそこだけは安心して良いんじゃねえか? 目的に至るまでの手段がおかしいだけで、お前らが不安がってる事は全部目的の内だろうよ」


「グレンさん……」


 リーナがそれを聞いて少しだけ安心した素振りを見せる。


 少しだけ……一瞬だけ。


「でもそれ最初から最後までグレンさんの憶測っすよね」


「えぇ……この話まだ引っ張るのか? 俺今それっぽい事言って纏めたのに」


 ……結局逆戻りである。

 そしてそれが払拭できぬまま。


「……って、そろそろ時間っすね」


 リーナの番が回ってくる。


「や、やれるだけ頑張ってくるっすよ」


「が、頑張れ!」


「気を付けてください! あ、あと頑張って!」


「肩の力抜いてけよ」


「お、応援よろしくっす!」


 そう言ってリーナは小走りで待合室へ向かっていく。


「大丈夫……ですかね」


「大丈夫な事を祈るしかねえな」


「……まあ俺は大丈夫だと思うけどな。さっきの俺の言った事。確かに憶測ではあるけど、あまり間違った事を言ってるとは思わねえ」


「ま、まあ確かにそうですね」


「とりあえずランクの事も大事だけど、何事も無く無事に終わってくれりゃいいなぁ」


「そのランクの事も、多分あまり心配しなくてもいいんじゃねえか?」


 グレンは落ち着いてそう答える。


「どういう事だ?」


「あまり望んじゃいけねえ事ではあるけどよ、アイツが怯えるような状況になればなる程……目の前の状況が逃げたくなるような、危険化もしれない状況になればなる程……逃避スキルの効力が発揮されるだろ」


「……なるほど」


 グレンに言われて納得する。

 リーナの逃避スキルは単純に逃げる為にだけ発動するようなスキルとは違う事はもう分かっている。

 だから結果的にリーナが追い込まれれば、力が底上げされる事に繋がる。


「……とはいえ自分も他人も死ぬことが無いようなこういう試験で……あの時のアレが出てくるような事はないだろうが」


 グレンの言うアレが何かはすぐに理解できる。

 アンチ・ギフターズの連中相手に暴れまわったあの力の事だろう。


「まあそうだろうな。こんな事で簡単に出てくるような力じゃないだろうし……今後も絶対に使わせちゃいけないような力だ。出てきてたまるか」


「ま、同感だな」


「ああ」


 出てくるという事はそれだけリーナに負荷が掛かっているという事だから。


「ボクも直接見た訳じゃないですけど、お二人に同感です」


 アリサも同じ考えの様で、そう言って頷く。

 ひとまずありがたいことに、皆考える事は同じみたいだ。


「……で、僅かに逃避スキルが発動するか、もしくは全く発動しないとして、リーナはどうやって攻略していくつもりなんだろうな」


「まともに武器になりそうな魔術って言えば、あの結界生やす魔術になるだろうが……それだけでどこまでやれるかって所か」


「でも案外それだけじゃないかもしれませんよ?」


 アリサがグレンの言葉を否定して言う。


「王都に戻ってきてそれなりに時間が立ってますし……リーナさんがその間全く何もやってないなんて事は無いと思うんです」


「……だな」


 確かにそうだ。

 多分何もしていないって事は無いだろう。

 だとすればまた話は変わってくる。


 もう急激な成長に逃避スキルの恩恵が関わってこないとしても、それでも。


「あ、リーナさん出てきましたよ」


「ほんとだ」


 試験会場にリーナが姿を現した。

 そして現れて早々、こちらに視線を向けて元気よく手を振る。


「こういう所、性格出るな」


「そうですね」


 俺達も軽く手を振り返す。

 そんな中、隣のグレンが俺達と同じように手を振りながら静かに言った。


「やっぱ硬いな。無茶苦茶緊張してんぞ」


「確かに。笑ってますけど笑顔硬いですね」


「あーくそ。今から始まるって思うと、改めて緊張してきた……」


 ……とにかく、此処から俺達にできる事は応援してやる事位だ。


 頑張れ……リーナ!

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