ex 歩み出す

 その日の夜。客間にて。


「……」


 就寝前。昨日と同じようにアリサが寝静まってから、昨日読みかけだった魔術教本に目を向けたリーナは、静かに考える。


(……うん、難しい)


 昨日結界の魔術を習得した時も、覚える事を難しいとは認識した。

 だけど今の感覚は同じのようで違っていて。

 今までは急斜面をゆっくり登っていたのに、断崖絶壁を前にしているような、そんな感覚を感じる。

 それを感じると、これまで自分がどれだけ逃避スキルの効力に身を預けていたのか。それが身に染みて理解できてくる。

 理解できてしまう。


(……他の事はどうなんだろう)


 今までずっとそのスキルに身を任せていたのなら、果たして自分に一体何が出来るのかがまるで理解できなくて。

 ……どこまで自分が無能なのかと、憂鬱な気分になってくる。無力感に圧し潰されそうになる。


 ……だけど。


(それでも……やるんだ)


 拒絶される事から逃避する為ではない。

 自分なんかを受け入れてくれる仲間の役に立つ為に。

 そんな前向きな感情で。自分以外の誰かの事を考えて一歩一歩前へと進む。

 その足取りは逃げ足よりも遥かに重くても、それでも


「頑張れ……私」


 そう自分に言い聞かせ、小さな歩みを進め始めた。

 小さくても、確かな一歩を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る