98 告白

 神樹の森を出た俺達はグレン運転の馬車に乗りこみ、再びラーンの村へと向かい始めた。


「ところでアリサ、お前は痛い所とかないか?」


「ボクは大丈夫です、軽い怪我なんで……そんな事よりクルージさんは自分の心配をしてください」


「お、おう……」


 流石にそう言われると何も言い返せない。

 リーナの逃避スキルのおかげで一命はとりとめた。だけど一人では満足に動けない程の大怪我を負っている訳で、そんな奴に怪我の心配をされれば、当然の如くそんな言葉が出てくるのは理解できるから。


「とにかく王都に戻ったらすぐに病院行きましょう」


「悪いな、多分この感じだと入院期間前回よりも長そうだ」


「いいですよ、ゆっくり直してください」


 そう言ってくれるアリサの様子はある程度普段通りに戻ってきていて、かなり後ろ向きな話をしている最中ではあるのだけれど、その点は少しだけ安堵できた。

 ……根本的な問題が何も解決していないとしても、それでも。


 そして今度はアリサがリーナに少し心配そうに問いかける。


「リーナさんは怪我とかないんですか?」


「私は大丈夫っす。基本的に体張って戦ってたのは先輩とグレンさんだったし……まあ、さっき少し話あったっすけどその後も……えーっと、私が一方的にボコってたみたいっすから……ははは」


 そう言ってリーナは苦笑いを浮かべるが、やがて少し落ち着いた表情を浮かべてアリサに言う。


「あと……まあ、その、私の事で色々心配掛けてたみたいなんすけど……それも大丈夫っす」


 そして少しだけ笑みを浮かべて、リーナは言う。


「もう……大丈夫」


 そう言うリーナの表情や声音からは無理をしているような、そんな感情は伝わってこない。

 という事は……そういう事を言える位には、俺の掛けた言葉が良い方向に作用してくれたと考えても良いのだろうか?


「そうですか……それなら、良かった」


 そう言ってアリサも安堵の表情を浮かべる。

 ……そういえばアリサは俺がリーナの問題に踏み込んだという事位しか知らないんだ。

 だから今、本当にうまくリーナの問題が解決したのだと思いこんでいるのかもしれない。


 ……実際の所、俺にできたのはあんな言葉を掛けるだけで、根本的な解決は何もできていないのだけれど。


 きっと全部の元凶である筈の、リーナに訳の分からない事を刷り込んだ奴の事は何も解決していなくて。正直な話、そこから発生した問題から逃げているのだとすれば、今のリーナが大丈夫な筈がない。

 本人からそれを引き出すような事は容易ではなくて。今はまだ触れられないような事で。

 だけどいずれ……いずれできるならなんとかしてやりたい。


 リーナは大切な仲間なんだから。


 と、そこでアリサがリーナに聞いた。


「ちなみに……えーっと、今までこっちから聞かない方がいいかなって思って聞いて無かったんですけど……結局、リーナさんはその……何があって何から逃げてたんですか?」


「「……ッ!?」」


 多分きっと悪気なんて何もない。

 俺が踏み込んだという話を聞いて、リーナが全部解決したというようなそんな雰囲気を漂わせていて。

 それ故に、まだ曝け出していない。踏み込み切れていない。そんな深い所に一気に踏み込むような問い。


 それをアリサは、自分が知らない所で全部解決していたと思いこんで問いかけていた。

 実際の所は何も解決すらしていないのに。


 その問いに、一瞬場が凍りついた。


「……え、……あれ? ……え?」


 アリサは少し状況が飲み込めてなさそうな様子で、俺とリーナの顔にキョロキョロと視線を往復させる。

 だけどリーナからは今まで俺達が過去に踏み込みかけた時の拒絶感のようなものは、あまり感じられなくて……少し苦笑いを浮かべながらアリサに言う。


「ごめんっすけどアリサちゃん……あんまり昔の事は言いたくないんす。まあこれはもう隠せないんで言うっすけど、逃避スキルが発動しちゃう位には色々あったっす。だけどそれが何かは……まあ、今はちょっと」


「ご、ごめんなさいリーナさん! ほんとごめんなさい!」


 アリサは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


「いいっすよ謝らなくたって。アリサちゃんは何も悪くないっす」


 そう言ったリーナは、どこか落ち着いた様子で言う。


「寧ろ良い機会っすね。皆に私が何かから逃げてるって心配を掛けさせたままじゃいられないっすから。昔の事は言えないっすけど、今の私が大丈夫なんだって事は伝えておきたいっす」


 そしてリーナは静かに言う。


「最初から別に誰かから逃げてるような、そんな訳じゃないんすよ。今日みたいに、自分が逃げたいと思う事から逃げていた。ただそれだけっす。……正直に言うとアリサちゃんや先輩……今だったらグレンさんも。そんな皆から拒絶されるのが怖かったんすよ。無能で生きてる価値の無い自分のままでいて、拒絶されるのが怖かった。そんな最悪な未来から逃げたかった。それが多分、私の逃避スキルが発動してた理由っす」


 そんな。俺達が知りたかった。そうなるに至る背景は分からなくても、今のリーナが何から逃げていたのかという話を。


 俺がリーナに掛けた言葉が、図らずもリーナの抱えている問題の核を突いていたのだという話を。

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