97 それを肯定なんてできないから
「……」
その見当違いにそのまま頷く事ができれば、これ以上不用意に話を掘り下げて行く必要もなくなって、この話は一応の終わりという事になるだろう。
実際こちらはリーナの逃避スキルの暴走という、あの連中に勝てるかもしれない要素を持ち合わせていて。実際そのおかげで俺の命は救われていて。
アリサがそういう見当違いをしていてくれたのならば、それで押し通す事も十分に可能に思える。
だけどそういう訳にもいかなくて。俺達は条件付きで見逃して貰えた立場にあって。
だから……今後俺達から何も伝えられなかったアリサが、アリサの母親を含めた今日顔を見た連中と接触した場合のリスクも考えて色々と伝えておく必要があって。
故にそれは否定しなければならない。
「……違うんだ、アリサ」
「……え?」
「俺達は今、アイツらに見逃してもらってんだよ」
「え……それってどういう……?」
アリサが意味が分からないという様な反応を見せる。
「……実はな」
俺はそれからあの場で起きた事を。仮面の男との会話の話をアリサとする。
……向こうの連中が俺達を殺さなかった理由は、俺達を殺してはいけないと判断する誰かが向こうにいたからだと、アリサの母親がアリサやその周りの俺達を死なせないようにしたという答えだけを伏せて。後は全部起きた事を話した。
「……そうですか。色々と疑問はありますけど、とりあえずは理解しました」
そう言ったアリサは少し考える素振りを見せた後、俺達に言う。
「……一体誰が何の為にそんな事をしたんですかね? 私達を助けてくれる様な人って一体……」
「……」
アリサの中には、自分の母親が助けてくれたなんて考えは微塵にもないようだった。
……そんな様子を見ていると、本当は伝えたくなるんだ。
俺達が今全員生きて帰れるのは、お前の母親がお前の為に動いてくれているからだって。
だけどそんな事は言えなくて。
言える訳がなくて。
アリサにそれを説明したとして。そうしてくれるに至った理由を説明するということは、つまりアリサに母親がずっと味方だったという事を伝えることになるから。
具体的にどういう事があったのかは分からないけれど、アリサがこんな状態になるまで行われた行為を、他ならぬアリサの前で肯定する事になるから。
……そんな事は、軽々しくアリサの前で言える訳がないから。
「……ほんと、誰なんだろうな」
「私はこっち出身じゃないので多分違うと思うんすけど……」
「流石に見当付かねえよな」
俺は結局言葉を濁して、グレンとリーナもそれに乗っかってくれた。
そして俺達に対して、アリサは少しだけ柔らかい表情で言う。
「考えている事に納得できない訳じゃないですけど、まあ色々な人に迷惑を掛けてる人達ですし……実際クルージさんも大怪我を負ったわけで。それなのにこんな事を言うのはあまり良くないのかもしれませんけど……もしその人と顔を合わせる機会があったら、お礼、言いたいですね」
「……」
きっとそうなる為にはいくつもの壁を越えなければならなくて。
どこかでそれは無理だと思っている自分もいて。
だけど……それでも。
「そうだな。そうなるといいな」
俺はアリサの言葉にそう返した。
だってそうだ……このままじゃいくらなんでもあんまりだから。
このまま目を瞑っていても良い事なのかもしれないけれど、それでもこのままにはしたくないから。
このままであって欲しくないから。
そしてそんなやり取りを交わしながら、俺達は神樹の森を後にした。
問題を解決しに行った筈が、より大きな問題を抱える事になった訳だけど……とにかくあらゆる事が不完全燃焼なまま、俺達の神樹の森での戦いは終わりを迎えた。
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