84 人の身に宿る不純物

 気が付けば目の前が血の海で、それなのに全身に纏わりついている筈の激痛が殆ど感じられなかった。

 そして体に纏わりつく黄緑色の粒子。本当に分からない事しかなくて、そんな中で自分の隣りでグレンと誰かが話し出したのが分かった。


 その会話の内容は殆ど理解できない。

 理解する為の材料が不足しているのか、頭を回転させるだけの血液が足りていないのか。それとも俺が

理解できるだけの知能を持ち合わせていないのか。それは分からないけれど、とにかく理解は及ばない。


 だけど男の言葉の上辺だけを掬い取れば。俺の意識が戻った事を考えれば。今俺達が殺されていない現状を考えれば。

 アリサが無事で。俺達の怪我も何故か再生していて。そして現れた男には俺達への殺意が無いのであろう事は察する事が出来た。


 そしてもう一つ、状況が最悪なに向かっているという事も。


「……」


 倒れ伏せながら、リーナの戦いを見た。

 圧倒的だ。今この瞬間目に映った情報だけで判断すればもしかすると……いや、間違いなく、今のアリサよりも強い。

 そんな力が敵の連中に振り注がれている。

 加減なく。際限なく。多分完全に止まるまで。


 脅威が完全に消え去るまで。

 下手すれば相手が死ぬまで。


「……ッ」


 寒気がした。

 昨日アリサとはもし人間と戦う事になった場合の話をしたけれど、リーナとはそういう話はしていない。

 だけどそれでも、それは希望的観測なのかもしれないけれど、リーナも同じような事を言ってくれるような気がして。アイツについて分からない事は一杯あっても、多分そういう人間なんだろうという事は分かっているつもりで。


 ……そして実際の答えがどうであろうと、多分本人の意思が無い。終わってから何も覚えていない。そんな状況でもし誰かを殺してしまえば、それはきっとリーナにとっての重い傷になる。

 それが傷になる位にはまともで優しい奴だって事を知っているつもりだ。

 ……だから。

 もしもこの戦いが、これ以上続けても不毛な物になるのだとすれば。


「……だったら。だったら……さっさとお前の仲間、撤退……させろ。このままじゃ……死ぬぞ、お前の仲間」


 早急にリーナを止めなければならない。

 ああ、そうだ、リーナの為だ。


「……この状況で、こちらの心配をするのかキミは」


「……んな訳ねえだろ。こっちは……お前の、仲間に……殺され、掛けてんだ。そんな連中の、生き死になんか……知るか……ッ」


 お前らの事なんかどうでもいい。


「このままじゃ……リーナがアイツらを殺す。人間を……殺すんだ、本人の意識が無い……ところでだぞ。そんな下手、すりゃ一生消えなくなるような……トラウマになりかねねえ、事を……俺の仲間に、させてたまるか……ッ」


 そんな事は絶対にさせない。して欲しくない。させたくない。


「大丈夫だ」


 男は言う。


「キミ達を迎撃するのを中止する旨は彼らの所にも届いている。おそらく真っ向から戦っても僕の仲間じゃ勝てないだろうけど、それでもタイミングを見計らって逃亡する事なら十分にできる筈だ。そして……彼女は目の前の脅威から逃避する為に力を振るっている。それがうまく行けばひとまず終わるさ……Sランクの逃避スキルの暴走はそれで止まる」


 Sランクの逃避スキルと、それによる意識を失ってでの暴走という明らかに俺達しか知らない様な情報にまで踏み込んだそんな言葉を。


「……お前、さっきから何なんだよ」


 グレンが不信そうに問いかける。


「さっきから俺達の事を見透かしたように言いやがって……お前は一体何者なんだ。いや、というよりそもそもお前らはマジで何物なんだよ!」


 グレンの言葉に対し、男は一拍空けてから言う。


「別に僕にそれを答えるメリットは無いんだが……さて、どうしたものか…………まあキミ達は結果的に危険な目に遭わせてはいけなかった相手だ。それにどうせ生かして返す時点でそれ相応のリスクは背負わなければならない。少し位語った所で大した支障は起きないか」


 そう言って男は言う。


「僕らはアンチギフターズ。スキルという人間にとっての不純物でしかない力をこの世界から消し去る。その雲を掴むような考えに賛同した人間の集まりだよ」


 そんな訳の分からない事を。

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