ex 両親との思い出について

 小さかった頃の幸せだった記憶の多くには父の存在があった。

 SSランクの不運スキルを持つ一人娘を育てるのには途方もない程の苦労があったのだと思う。だけど父はそんな娘の為にやれるだけの事をやり続けてくれて。三年前に病で亡くなる最後の時まで笑っていて。愛してくれていて。

 そんな父親が隣にいなければ、多分今の自分はこの世界にいないだろうと断言できる。



 逆にもしも母親が隣にいたとしたら、今の自分がこの世界にいないだろうとも断言できる。


 

 物心ついた頃から父が亡くなる四年前に父と離婚して姿を消すまでの数年間。その数年間の母に関しては碌な記憶が残っていない。

 殴られた記憶がある。蹴られた記憶がある。罵られた記憶がある。首を絞められた記憶がある。殆ど、そんな記憶しか残っていない。

 昔の事時間と共に忘れる事も多いから、自分が覚えている記憶が小さかった頃の全てだとは思わないけれど、そんな母親とはまともな思い出など存在していないのだろう事は理解できる。

 残っている記憶が。強くそう思わせる。


「……ッ!?」


 分かっている。元を正せば全て自分が悪い事位。

 自分がSSランクの不運スキルなんて重く理不尽な障害のような物を抱えて生まれて来た所為だという事は。きっと生まれて来たのが自分じゃなければ父と結婚したような人がああなる事は無かったという事は。自分の存在が母の人生を狂わせた事は分かっている。

 腕と顔の傷だって、昔の写真には無かったのだから。それもきっと自分の所為なんだという事は分かっている。

 分かっていても。自分に向けられた感情の全てが自分の所為だと分かっていても。

 それでも。


「……ぁ」


 アリサの動きが完全に止まった。

 目の前の敵が母親だと認識して、背筋が凍って。手足が震えて。

 色々な事がフラッシュバックしてきて。

 自然と握っていた小太刀を地に落とし、やがてアリサ自身も膝を突き。


「……なさい」


 頭を抱えて縮こまる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ッ」


 ただ、そんな言葉だけが自然と溢れ出てくる。


「……」


 そんなアリサに仮面の女は。アリサの母親は手を伸ばして頭に触れ、それでただでさえ震えていたアリサの体は更に強くビクリと震える。

 そんなアリサに対し、アリサの母親は少しだけ間を空けてから魔術を発動させた。


「……ッ」


 そして静かに、眠るように。

 アリサの体から震えが消え、視界と意識は静かにブラックアウトしていった。

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