65 人間と戦うという事 下

 そこからアリサは今までの対人戦の経験を語ってくれた。

 事前に言っていた通り、その経験というのはグレンが聞きたかったような、そういう事とは違う感じなのだろうと思った。

 突然ナイフを持った強盗に押し入られて怪我を負いながらも殴り飛ばして撃退した。夜道を歩いていた時におそらく薬物でもやっていたのであろう魔術師に意味の分からない被害妄想のような言葉をかけられた挙げ句、アリサでなければ間違いなく殺されていたような強力な魔術を放たれて、怪我を負いながらもなんとか撃退した。

 確かに対人戦といえば対人戦。だけど無我夢中で自己防衛の為に殴り飛ばしたような話で。命のやり取りだとか、そういう事ではない。

 そうした話を聞いたグレンは静かに言う。


「……そういう状況でも、相手の気を失わせて終わりか」

 

「当然ですよ……相手が誰であれ人殺しにはなりたくないですし」


 アリサはそう言った後、一拍空けてから力なく言う。


「……もしかしてこれって、これから人相手に戦うから、そんな甘い考えは捨てろ的な話ですか?」


「馬鹿か、寧ろ捨てんなそれだけは」


 グレンはそう言った後、小さく笑みを浮かべて言う。


「俺が聞きたかったのは、そういう行為に及んでも咎められねえような状況でどういう行動を取ってきたか。そういう事だ。向こうから襲ってきたなら正当防衛。今回みたいなケースも多分そういう形でしか戦いにならねえだろうから裁判沙汰になっても勝てるだろうさ。だけど人を殺めずに事を終えられるならそれに越した事は無いし、俺はそうであって欲しいと思う。命を奪う武器を作ってる奴が言える話じゃねえかもしれねえけど」


 そう言ってグレンは手にしていた小太刀をアリサに手渡す。


「これは?」


破閃刃はせんじん。刀鍛冶の修行の過程でちょっと作ってみた試作品だ。切れ味をあえて削ぎ落としてゼロにした代わりに、対象物へ伝える衝撃を打点に一点集中させて、なおかつ効率的に叩き込める作りになってる。まあ簡単に言えば打撃武器って事だ。お前にやる。良かったら使ってくれ。これならナイフよりも致命傷を与える可能性が低くなるし、お前本来の戦い方に近い感じで全力戦闘ができる筈だ」


「あ、ありがとうございます……って、良いんですか? なんか凄く良い品物貰っちゃった気がするんですけど」


 アリサが申し訳なさそうにそう言うが、グレンは笑って言う。


「いいよ。俺が持ってても使わねえし、そもそもそこまで良いものでもねえ。クルージが使ってる衝牙は切れ味と耐久度に加えて、逆刃で同じ事をより優れた形で実現してる。それに比べりゃほんと大した事ねえんだ」


 その笑いはどこか自虐的にも聞こえるが、だけど本当に凄い物をグレンは作っているのだと思う。

 比較対象が極端に優れた物なだけで……それにグレンなら超えられる。

 衝牙よりも凄い名刀を打つ刀鍛冶になる。グレンならなれる。

 ……なって欲しいと思う。


「いや、大したことないなんて事ないと思うんですけど……うわ、軽くて振りやすい」


「後は魔術使用も想定してチューニングしてあるから、多分今使ってるナイフよりも魔術を使いやすくなってる筈だ」


「……ほんとだ、凄い使いやすいですね」


 小太刀に魔術で電撃を纏われながらアリサは言う。

 ……これはアレだ。また開きましたね、アリサとの実力差。そんな気がする。

 俺も頑張らねえと。すげえ良い武器貰ってんだから。

 ……というか俺の刀の逆刃、そんな良い感じの作りになってたんだな。知らなかった……グレンは大体こういう時、見て触ってりゃ分かるって言うわけだけど、分かるかそんな事。やっぱ俺の親友すげえわ。


 と、そんな風にアリサは新しい武器と感覚を馴染ませるように少しその場で素振りを繰り返した後、一息吐くように小さく息を吐き出した後言う。


「これなら明日は何があっても全力で戦えそうです」


 そう言ったアリサは軽く拳を握って、どこか自信ありげに俺に向けて言う。


「クルージさんは今怪我してますから、色々危ない事もあるかもしれませんけどボク、全力でフォローしますから! クルージさんはボクが守ります!」


「お、おう、ありがと……」


 無茶苦茶心強い……心強いけど、守るとか言われるよりも言いてぇ……いやもうほんと今更なんだけどさ。

 うん、あとほんとに怪我してる今だけで終わってほしいよね……大丈夫かこれ。


「……」


 グレンが色々と察したように肩にポンと手を置いてくる。

 あーうん。グレン俺さ、頑張るよ。

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