61 彼女の異常性について 上
「気付いた事?」
「ああ。まずクルージ。それにアリサ。お前らはリーナが黒い霧の化物にやられてるクルージを見つけた時、一体誰がどうやってクルージを助けたと思う?」
「そりゃお前……」
自然と答えようとした。
……だけど。
「……何がどうなったんだ?」
分からなかった。
村の連中に見殺しにされているような状況で、どうやって俺が助け出されたのか。見当も付かなかった。
そして俺と同じように考える素振りを見せていたアリサは、自信なさげに言う。
「クルージさんを見殺しにしようとしているのをリーナさんに見られて……不本意だけど村の人達が倒した、みたいな感じですか?」
「……なるほど」
アリサの言葉に思わず納得してそう言う。
自然と村の連中に助けられるなんて考えは捨てていたけど、それならまああり得る話だとは思う。
だがグレンはアリサの出したそんな答えに首を振る。
「納得してもらってる所悪いが違う。というかそもそもリーナの話をしてるのに態々あんな奴らの話はしねえさ」
「まあ確かに……ってちょっと待てグレン」
その言い方はつまりだ。
「……リーナか?」
「ああ。村の連中曰くお前を見付けたリーナが猛スピードであの化物に突っ込んで拳で貫いたそうだ」
「……は?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
拳で……貫いた?
「ちょっと待てグレン。アイツにそんな事……」
「そうですよ。リーナさんはそりゃ色々できますけど、それは……」
困惑するしかできない俺達に対してグレンは真剣な表情で落ち着いて言う。
「俺もそう思ったがそういう事らしい。目撃者が大勢いる……流石にこんな訳のわからない嘘は吐かねえだろ」
「でもアイツ、そんな事出来るとか一言も……それこそアイツ、そんな事隠すようなタイプじゃないだろ」
自身の過去は明かそうとはしないけれど。踏み込んで欲しくないような感じだけれど、それでも自分のやれる事を、やれるようになった事を人に披露して自慢気になるような。リーナは良くも悪くもそういう奴だと俺は思う。
そんなリーナがそんな無茶苦茶な力を隠しているとは思えなかった。
そしてグレンは言う。
「アイツ曰く、気付いたらそうなってたそうだ。だから隠していた訳じゃないんだろうよ」
「気付いたらって……グレンさん、それってつまりどういう……」
「言葉のままみたいだ。意識が飛んで気が付けばって感じらしい」
「意識飛ぶって大丈夫なのかよアイツ!」
「ボク達に隠してるだけで、なんかこう……ほんと、大丈夫なんですか!?」
「まず何よりそこ心配するんだな」
「そりゃするだろ。意識飛ぶって軽々しい話じゃねえぞ」
「まあ……軽々しくは無いわな」
「……で、気付いた事ってなんだよ。なんかもうこの時点で不穏な空気しか感じねえんだけど」
俺が半ば恐る恐る聞くと、グレンは俺に視線を向けて言葉を続ける。
「アイツが意識を失う前……アイツはお前が殺されるのは嫌だって、そう思ったそうだ。そして気が付けばアイツがやれる事の範疇を大きく越えて黒い霧の化物を貫いていた。……俺はそれをアイツの逃避スキルが発動した結果だと思っている」
「逃避スキルが……?」
「ちょっと待ってください」
アリサが言う。
「多分逃避スキルって、何かから逃げるような……例えば魔獣に追いかけられてるとか、そういう時に逃げる為に足が早くなったりするような、そんなスキルじゃないんですか?」
「そういうパターンが多そうではあるが……それは多分人それぞれだろ」
「……なるほど」
グレンのそんな言葉は素直に受け入れる事ができた。
だってそうだ。
「……まあスキルの分類は、大雑把だもんな」
「まあ……確かにそうですね」
アリサも受け入れたらしい。
何しろ俺達は二人とも、自分のスキルがどういう物なのかをつい最近まで勘違いし続けていたんだ。
故にリーナの逃避スキルが、一般的にイメージされる効力とは違う何かを発揮していても何も不思議じゃないわけだ。
「でもやっぱりあの黒い霧を倒すのと逃避って言葉は結び付かない気が……」
と、アリサはそこまで言って言葉を詰まらせる。
どうやら結び付いたらしい。
「クルージさんが殺されるという状況から……逃げたかった?」
「俺はそうだと思っている」
アリサの言葉にグレンは頷いた。
「辛い事から嫌な事から。受け入れたくない現実から逃げるのは立派な逃避だ。そして逃げる為に必要だったのがあの黒い霧の化物の排除だったなら色々と説明が付くだろ。つまりはアイツのスキルは逃げたいような状況、結果……起こりうる現実から逃避する為の力を得る。本来の言葉の意味合いからはズレるだろうが、言ってしまえば現実逃避のスキルだな」
「現実逃避……」
確かに起きてほしくない事から逃げるのは、ある意味現実から逃避しているとも言えなくないかもしれない。グレンの言う通り本来の意味からは逸れるだろうけど、なんとなくしっくりくる。
だけどその答えには一つ疑問があって。
そして俺と同じ疑問を抱いたらしいアリサがグレンに問いかける。
「まあ、とりあえずは納得できましたけど……この話、リーナさんがいない所でする必要ありました?」
スキルがどんなものであるか。これはそういう話であって、別にリーナを傷付けるような。聞かれてはいけないような、そういう話では無いように思える。
まあ神経質になれば逃避という、一見聞こえの悪そうな名前のスキルの話な訳だけれどあくまで一見だ。
スキルは人間を判断する判断材料にはならないし、そもそも悪いスキルじゃない。
だからまあ……本当に見えて来ない。
グレンがあえて本人を省いて隠すように俺達二人にだけこの話をしている理由が。
だけどグレンは言う。
「あるんだよ。まあアイツがどういうスキルを持っているかって話だけなら飯でも食いながら適当に雑談の中で済ませても良かった話だろうよ。だけど……本題は此処からだ。言えねえんだよ軽々しく。此処から先の話は」
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