50 激情の果てに
「クルージさん!」
「先輩!」
リビングに現れた俺に、アリサとリーナが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫なんすか動いても!」
「ま、まあ……死ぬ程痛ぇけど、幸い腕も足も折れてはなかったみたいだし……まあ、此処に立ってるのが答えだろ」
ほんと、気を抜けば膝から崩れ落ちそうにはなるけども。
肉体的なダメージもそうだけど、どうにも心の方が本当に痛くてさ。
「でも……とにかく目を覚ましてくれて、本当に良かったです……ボク、もしかしたら目を覚まさないんじゃないかって……心配で……ッ」
そう言ったアリサは涙ぐむ。
「悪いな、アリサ。心配掛けて」
「クルージさんは何も悪くないじゃないですか……謝らないでくださいよ」
「それでも……まあ、俺が後もうちょっとだけ強かったらさ、こうはならなかった訳だしさ」
俺が弱かったのが原因なのも、原因の一つなのは間違いないんだからさ。
そして改めて俺はグレンに対し、その慰謝料は受け取れないという話をしようとした。
だけどそれよりも先にグレンが言う。
「……それは関係ねぇだろ。アリサの言う通り、お前は何も悪くねえ……いや、言いてえ事は分かる。分かるけどよ……んな事平然と言えるような状況じゃ無かっただろ今回は!」
そしてグレンは俺に問いかけてくる。
「お前……この話、どこから聞いてた」
「……お前が色々と言われて帰ってきたって所にはもう聞いてたよ」
「だったら! だったら……もっと先に、アイツらへの暴言の一つや二つ位吐いたっていいだろ! もっと……お前は……ッ」
グレンは感情的にそんな事を言った後、一拍空けてから静かに俺に確認してくる。
嫌な予感がするというような、そんな表情で。
「お前……まさかまだアイツらの為に何かしようとか思って――」
「思うわけねえだろ」
本当に無意識に。反射的に。本能的にそれだけは否定したいというように。
グレンの問いが引き金となって、そんな言葉が間髪空けずに漏れだした。
一瞬自分で何を言っているのか分からなくなったけれど、それでも一度漏れてしまえば。そんな物が漏れ出すようになってしまっていたのなら、一度壊れた堤防の水を塞き止められないように言葉は止まらなくて。
「思う訳ねえだろ!」
突然俺が声を上げた事にアリサとリーナがビクついたのが視界に映ったけど。
それでも沸き出て来た感情が自然と言語化されて、吐き出すのは止まらなくて。
今まで誰にも。自分自身にも見せてこなかったような自分がそこにいた。
「分かるよ! そりゃ俺が原因だって思う気持ちも分かるよ! 状況的に仕方ないって! 俺がいなくなってから暫く何も起きなかったなら! もうそれ完全に誤解する決定打だって! 俺もアイツらの立場だったらどんな判断してたか分かんねえよ! でも……だけどさぁッ!」
言いながら、致命的なまでに何かが崩れていく感覚がした。
否、違う。
自分が言っている事を認識して、ようやくそこにあったものが崩れている事に気が付いた。
「皆で一丸となってどうにかしないといけない状況だっただろ! そんな時にまで……せめてそんな時位はさぁ! 俺を殺そうとしなくたっていいだろ……ッ! 誰か一人位! 苦言言ってくれる奴が居てもよかっただろ! あんまりだろそれはさあ!」
「……クルージさん」
「それに……それにだ。なんだよ故意にやってるって。なんだよアリサを脅してるって。どうせアイツらの事だ……昔あった流行り病の事だって、俺が故意にやった事みたいになってんじゃねえのか……?」
「……ッ」
俺の言葉にグレンは視線を逸らす。
それがもう俺の半ば被害妄想染みた考えを、確信へと変えてしまう。
そしてそれが確信に変わったのなら、尚更だ。
「くそ、ふざけんなよ……スキルの話は、それはまだ納得できてもさぁ! ……そんなのはもう人格批判だろッ! 今までずっと見せて来た俺が、そういう事を平気でするような奴に見えたかよ! そんな救いようのない様な頭のおかしいクズに見えてたのかよ! 俺はきっとそんな酷い様は……ッ」
そこで、ようやく言葉が止まった。ブレーキが掛かった。
その先の、自己を肯定するような言葉が、自然と出てこなかったんだ。
当ては嵌める答えが自分の中に存在しないように。
そしてそれが見つからなかった事がトリガーになったのかもしれない。
これだけまとまらない感情を叫び散らしても。もうあんな連中の事はどうでもいいと心の底から思えても。アレックス達には変わらず抱き続ける自責の念すらあの連中にはもう向けていなくても。
それでも意思を動かせない程度には残っていた、まだ何かをしようとする自分の意思に。
最後に残った、自分自身でも理解が及ばなかったもう一つの行動原理に、辿り着いた。
そして突然黙り込んだ俺を心配するように、アリサが言う。
「……大丈夫ですか? クルージさん」
「大丈夫……少し落ち着いた。それで……落ち着いたら、分かったんだ。俺がなんで今まで必死になって、こんな所で頑張ろうって思えたのか」
そして俺は軽く呼吸を整えてから三人に言う。リーナには詳しい事は話していないけど、この際そんな事を考えていられなかった。
三人にどんな反応をされるか分からなかったけど、もう弱音は自分の中で抑えておけない。
「俺は……俺はさぁ……! 今回の事で、うまくやってさ……そしたらある程度は掌返してくれる位には、今まで築いてきたクルージって人間が、まともな奴だったって事を、他ならぬ俺自身に、証明したかったんだ……ッ」
それが全ての答えだ。
そんな意味が分からない程の人格批判をされている、事実自分本位な人間が。果たして自分が思っているように最低限まともな人間であったのかどうか。
それを……ただ俺は知りたかったんだ。
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