46 要の有無 上
俺が目の前の最悪に近い現状を理解した時、俺と対峙する黒い霧に向けて視界の端からナイフが飛んできて突き刺さる。
視界をナイフが飛んできた方向へと向けると、そこにいたのはこちらの援護に向かって来ようとするアリサの姿が目に映った。
そこに黒い霧の姿はない。どうやらアリサは無事黒い霧を倒しきったらしい。
そんなアリサに。心強い援軍に向けて俺は叫ぶ。
「アリサ! こっちは俺一人で大丈夫だ! 俺より他の連中の援護に回ってくれ!」
俺は多分、なんとか目の前の黒い霧を一人で倒せる。
だけど……これは自惚れなのかもしれないけれど、他の連中はそうじゃない。
あの黒い霧を一対一で対処できるのは、この村だと俺とグレンだけだ。
だから今こっちに回ってもらうよりは、他の連中の方に回ってくれた方がいい。というより向こうに6体も出現している以上、そうでなければ駄目だ。
「……」
そして俺の言葉にアリサは少し躊躇う様子を見せる。
だけどやがて静かに頷いて、新たに出現した6体に向かって走り出した。
……いいそれでいい。
そしてやるべき事はもう一つ。
「リーナ!」
俺は刀を構えながら、遠方で待機するリーナの名を呼ぶ。
「は、はいっす!」
「こっから先、まず間違いなく怪我人が出る! そういう奴が出たらソイツ連れて安全な所まで下がれ! 多分お前の逃避スキルならうまくやれる筈だ!」
アリサは多分大丈夫だと思うけど。大丈夫じゃない状況になんて絶対にさせないけれど。
だけど他の連中は違う。
多分ここから先重症を負うような怪我人が出ない方が不思議だ。
そしてそんな怪我を負ったなら、すぐにでも前線から退かないと駄目だ。
そして……その役割を担うのにリーナ程の適任はいない。
それにだ。それ以上にだ。
相手が魔獣ではない。まだ全ての手の内を把握した訳ではない。遠距離にいるリーナが射程圏内になる攻撃を持っていない保証もなくて、サンドベアーの時のように緊急的なフォローも難しい。
そうなれば……今のリーナはまだ、この訳の分からない戦場に立たせる訳にはいかない。
だから……とにかくリーナにはそう動いて欲しい。
「で、でも先輩!」
「必要なら怪我人のとこまでは俺とアリサでサポートする!」
「いや、そういう事言ってるんじゃないんすよ!」
そこからリーナが何かを言おうとしたその時だった。
今は射線にアリサや村の連中がいる以上斬擊は打てなくて、真正面から急接近してきた黒い霧を待ち構え、攻撃をかわしてカウンターで切り込もうとした時……視界の先で、黒い霧の腕を振るう攻撃が村の連中の一人に直撃した。
あの凄まじい威力を持った攻撃がだ。
「リーナ!」
黒い霧を刀で切り払いながら叫んだ。
幸いなのかどうかは分からないが、攻撃を食らった奴はその威力により弾き飛ばされてやや離れた所に転がっている。
これなら多分リーナ一人でも比較的安全に到達できる。
そう考えながらリーナの方に視線を向けた。
するとリーナは先のアリサと同じように躊躇う様子を見せる。
だけどやがて倒れている怪我人の方に向けて走り出した。
そして走り出しながら叫ぶ。
「アリサちゃん! 先輩を頼むっすよ!」
「はいッ!」
俺を頼む。きっとそれはこの場所に辿りつく前に二人が危惧していた事についてだろうか?
それは分からないけど、だとすれば流石に問題はないと思う。
……この状況で俺に対して何かをする様な余裕はないから。
俺に意識を向ける余裕があるなら、きっと目の前の黒い霧をどうにかしないといけないだろうから。
そして俺が再び黒い霧の攻撃を躱しつつ、刀で何度も切り裂いていく内に怪我人の元へと到達したリーナは、そこまでの速度を遥かに上回る速度で。Sランクの逃避スキルを存分に利用した速度で怪我人を背負って戦線を離脱する。
……とりあえずこれでリーナは大丈夫だ。ちゃんとこの黒い霧を倒し切る事ができれば、危害は及ばない。
そして。
「……よし」
何度も攻撃を繰り返していく内に、黒い霧の動きは徐々に鈍くなっていく。
そうなればこちらが攻撃できる頻度も増して、そしてそこまで追い詰められてこれまで通りの攻撃しかしてこないのであれば、恐らくこの黒い霧に特殊な能力、攻撃法などは無い。ただ純粋に強いだけだという事が窺い知れる。
そしてそこから更に数撃攻撃を加えた時だった。
まるで力尽きたとばかりに、黒い霧が消滅したのは。
「……とりあえずこれで一体」
言いながら視線をアリサ達の方へと向け、アリサ達の掩護に回る為に走り出す。
視界の先では尚も激戦が繰り広げられている。
「……くそ、ほんとすげえなアリサの奴は」
視界の先ではアリサが一人で四体の黒い霧を相手に立ち回っていた。
……それも倒すのに時間が掛かるであろうというだけで、その動きからアリサの敗北が見えてこない。
それだけアリサが圧倒している。
そして残りの二体はほかの連中が三人掛かりで一人を相手に戦っている状態で。それもどうにかうまく行きそうだ。
アリサが一人で四体も担当してくれているから、どうにか回っている。
……アリサがいるから。
そう考えた瞬間、全身を悪寒が走った。
考えたくもない最悪な展開が脳裏を過った。
……もしも。もしもだ。
この場で起きている異常事態が東側でも起きていたら。
グレン達がいる東側でも同じ事が起きていたら。
その最悪な状況が脳裏を過ると、悪寒が止まら無くなった。
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