45 風刀一閃

 刀からは確かに何かを切り裂いたような感覚が伝わってきた。

 霧ではなく、確かに実体を切り裂けている。

 ……だが。


「……ッ!」


 並の相手ならば致命傷を与えたと確信できる程、綺麗に決まった一撃だった。

 だけどこの霧は並の相手ではなくて。


 それだけ綺麗に決まった攻撃を受けてなお、平然と動く。

 動いて腕で薙ぎ払ってくる。


「ぐ……ッ」


 刀で防ぎつつ、勢いを殺すために全力で横に跳んだ。

 それでも全身に衝撃が響き渡る。まともに喰らえば致命傷になりかねない程の威力を持っている事が嫌というほど伝わってくる。


 そして弾き飛ばされた俺は左手で地面に触れて跳ね、体勢を立て直して滑るように着地する。

 そして改めて刀を構えつつ、魔獣の遺体から独立して前方から迫ってくる黒い霧に意識を向けた。


 色々と、既視感があった。

 目の前の黒い霧と戦った事があるとか、そういう話ではなく……この位の強さの奴と戦った事がある気がするという既視感。

 そしてそれは気のせいではなく……明確に脳が理解し始める。


 Aランク……いや、Sランク。そうした高ランクの依頼で戦ってきたモンスターと同格。

 一撃の威力やタフネスを、そう思わせるには十分な程に目の前の黒い霧は有している。

 俺に……勝てるか?


「……大丈夫だ」


 自身を鼓舞する為に、自らの問いに答えを出す。

 ……ああそうだ、勝てない相手じゃない。


 紛いなりにも、そうした既視感を覚えられるような戦いを潜り抜けて来たのだから。

 圧倒的なまでの運の補正は受けられなくても、Sランクの依頼を完遂する事はできなくても。

 その依頼の中で戦う一体二体を倒すこと位はできる筈だ。


 ……やってやる。


 そう思って真正面から黒い霧と迎え撃とうとした、その時だった。


「くそぉ! なんなんだよコイツらぁ!」


 村の連中の誰かがそんな声を上げたのは。


「……くそ」


 その声の方向を振り向く事はできなかったが、その声の方で何が起きたのかは大体察する事ができた。

 今の俺達と同じ事ができている。


 おそらく一対一では対抗できないであろう、村の連中の方にも黒い霧が出現している。

 だとすれば早いところ目の前の奴をぶっ飛ばしてフォローに回らないといけない。助けないといけない。


 ……そう考えれば考えるほど、何故か自身の動きが鈍くなっていく錯覚がしたのだけれど。それでも。


 とにかく……とにかく今は目の前の奴をどうにかする事を考えろ。


「……ちょっとは効いてくれよ」


 刀に魔術で風を纏わせる。

 だが打ち込むのはこれまで魔獣に放ってきた、正面広範囲に風の刃を撒き散らしたり、回転切りで全方位に風の刃を打ち放つようなものじゃない。

 正面一方向。ただ目の前の一人だけに打ち込む技。

 技術的な問題で咄嗟には打てない。放つまでに時間が掛かる。

 だけど一体の敵を待ち構えている今なら使える、俺単体で放てる最大火力の一撃。


「っらああああああああッ!」


 風を纏わせた刀を振るって放つ、飛ぶ風の斬擊。

 それは勢いよく黒い霧へと直撃する。


 だけど黒い霧は消えない。倒れない。そこにいる。

 そこにいて、こちらに迫ってくる。

 ……そんな事は分かっている。

 最初の一撃を上手く当てて平然としている時点で、斬擊を直撃させても倒れないであろう事は察する。

 だとすれば斬擊を打つ前から、倒し切れない事を前提に頭を動かせ。

 倒しきれない事を前提に体を動かせ。


 斬擊で僅かに動きが鈍る黒い霧に向かって走りだして、迫り来る腕をかわし、流れるように全力で切り抜けろ!


 そして手に霧を切り裂いた感覚が伝わる。


 それが伝わると同時に地を蹴り、前方に体を捻りながら跳ぶ。

 これで倒せた保証は無く、むしろその可能性は低い。だとすれば直接攻撃以外の何かを持っていない保証がない相手に必要以上に距離を積め続けるのは得策じゃない。

 アリサのようにある程度瞬時に対応できる実力が無いなら尚更だ。


 そして体勢を立て直して再び黒い霧に視線を向けると、どうやら流石にこれだけの攻撃を立て続けに与えたおかげか、目に見えて動きが鈍っているのが分かった。

 ……多分このまま行けば俺一人で対処できる。


 だけどその事に対し抱いた安堵は、視界に映った他の事で掻き消される。


「……マジかよ」


 視界の先に、俺とアリサが相手をしていた奴以外に、新たに6体も黒い霧が出現していたのだから。

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