6 駆け出しの域を越えろ
「という訳でこの依頼を受けたいんですけど」
「……え、いや、これはいくらなんでも……」
あの後俺達はいつもの受付嬢さんの所へと向かった訳だけれど、ここでまさかの……というより必然的なストップが掛かった。
考えてみれば一昨日、魔獣が出現する東の草原からリーナを捜索、救出してくるという依頼をギルドから直接受けた訳で。
そのリーナを再び魔獣が出現する危険地帯に連れていこうというのだ。そんな依頼を出す位には抱えている人材を大切にしてくれているギルドが止めない筈もなかった。
「まあお姉さんの気持ちも分かるっすけど、でも今低ランクの依頼って殆どないんすよね?」
「う……まあそれはそうですけど」
「さっきもそういう話をしてたんすけど、その少ない依頼はもっと他の所に回した方がいいっすよ。私にはアリサちゃんと先輩がいるっすから」
「……しかしですね」
どうやらこれは手強そうだった。
それはそうだろう。冷静になって考えてみればこの手の事を感情論で通してしまうのならば、人材を管理する側とすれば中々に問題だと思うから。
そして、その手の問題を心配するような人達ではない。
「やはり認められません。いくらあなた方二人に実力があっても、駆け出しの冒険者をBランクの依頼に同行させるなんてのは……」
結果滴に俺達にとっては都合が悪い、真っ当な答えが出てくる事になった。
……だけど受付嬢さんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
……駆け出しの冒険者を。
つまりはある程度の実力を示す事ができれば。
少なくとも駆け出しの冒険者の域を出る事ができていれば。問題は無いのではないのだろうか?
実際俺はソロで簡単な依頼をこなしていただけにも関わらず。殆ど駆け出しの冒険者と変わらなかったにも関わらず、アレックス達と共にSランクの依頼を受ける事ができた。
それはギルドに登録する際に今の実力を図るためのテストが行われるからである。
だから元々猟師をやっていて戦闘経験のあった俺は、最低限度そういう依頼に同行できるだけの実力ありと判断された訳だ。
そしてリーナはそれがないと判断されている訳だ。
だけど冷静に考えて……一週間で魔術教本に掛かれた内容を全て覚えて習得し、そして昨日の今日で新たにいくつか魔術を覚えてきたなんていう奴が……果たして未だに駆け出しの域にいるのだろうか?
一週間前のリーナならともかく、この異常な成長速度を誇るリーナは、本当に駆け出しの冒険者なのだろうか?
だから駄目元で俺は聞いてみる。
「じゃあリーナが駆け出しの域を越えてれば、とりあえずはOKって事でいいんですかね?」
「あ、はい。普段ならともかく今は簡単な仕事があまりありませんから。……あなた方もいますし、それならば受理できますかね」
だけど、と受付嬢のお姉さんは言う。
「一週間程度で私達が定める駆け出しの域を越えているとは思えませんが」
「だってよ」
「じゃあ今私ができる一番凄そうな奴やればいいっすかね?」
「あ、それボクも見ておきたいです」
「てなわけなんで、一回見てもらってもいいですかね?」
「……分かりました。では簡単なテストをするので別室に――」
「あー大丈夫っす。攻撃魔術じゃないんで此処で大丈夫だと思うっすよ」
攻撃魔術じゃない……か。
攻撃魔術なら色々と分かりやすい結果を見せられそうだけど……。
「じゃあ何すんの?」
「まあ見ててください。昨日覚えたばかりの奴を見せるっす」
そう言ってリーナは集中するように目をつむり、右手を開いてゆっくりと正面に突き出す。
……そして。
「いくっすよ!」
開眼した直後……俺とアリサ。そして受付嬢のお姉さんの足元に魔方陣が展開される。
「え、何!?」
「うおっ!?」
「り、リーナさん、これは……ッ!?」
と、誰もが何が起きたか分かっていない内に、魔方陣が消滅する。
「な、なにが起きたんだ?」
「わ、分からないです」
「私達に何か魔術を掛けた……いや、でも……」
と、俺達が各々何が起きたかを考え初めて、それでも答えを出せないでいた所で、リーナが得意げに言う。
「強化魔術っすよ。まあそこまで強い効果はないっすけど、体軽くなってないっすか?」
「え? まじで?」
言われて軽くジャブを打ってみる。
「……ほんとだ……軽い」
「あ、クルージさん。手の甲に何かが」
「ほんとだ……魔方陣?」
「私の魔術の効力が付与されている証拠っす。それが出ている間は効果継続っすね。大体一度で5分って所っす」
そう言って笑うリーナの声を聞きながら、自らの体の軽さを感じて思った。
「クルージさん」
「ああ」
俺とアリサは顔を見合せ、おそらくは同じ事を考えながら頷いた。
……これ、リーナはもう十分に戦力として機能するんじゃないのか?
そして俺達異常に驚いていたのは受付嬢のお姉さんだった。
「……いや、確かにこの前までは完全に素人だったのに……」
明らかに困惑している受付嬢さんに、リーナは問う。
「どうっすかね。初心者の域は出れてるっすかね?」
「……で、出てます。出すぎてます」
受付嬢さんは困惑したままの様子で言う。
「自分以外の誰かに内側から干渉する魔術は自分に術を掛けるより圧倒的に難しいんです。それをできてる時点て……」
「えーっと、ということは大丈夫だって事なんすかね?」
そしてリーナの問いに受付嬢さんは答える。
「……少なくとも、最低限同行できる力はあるかと」
「っしゃあ!」
そう言ってリーナはガッツポーズをして俺達に言う。
「やりましたよ! アリサちゃん! 先輩!」
「やりましたね! リーナさん!」
「なんだよお前全然駆け出しじゃねえじゃねえか!」
「いやー私なんてまだまだっすよー」
言いながらリーナはドヤ顔を浮かべる。
うん、魔術の事に関しては風の魔術以外はまだ入門書レベルだからよく分からねえんだけど、多分それはどやってもいい奴だ。
そしてそんな盛り上がりを見せるなかで、複雑な表情を浮かべた受付嬢さんに名前を呼ばれる。
「クルージさん」
「なんですか?」
「えーっと……頑張ってください」
……うん、そうだね。
なんかリーナが強くなるのはとても頼もしい気がするけど……危機感も凄い。
……凄すぎる。冗談抜きで。
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