39 差し込んだ光 下

 気休めにもならないかもしれない。

 アリサはそう言ったけれど……結果は違った。

 気休めにならない訳がなかった。

 ……むしろそれ以上の何かがそこにはあった。


 結局、俺はアリサに色々と言ってもらえて。肯定してもらえて。それでもう、頷いちゃいけないのは分かっていても頷きたかったんだ。受け入れたかったんだ。それをどこかで辛うじて押し止めていた。ただ、それだけなんだ。


 そんな状態でそんな事を言われたら。

 そんな事を誰かに言ってもらえたのだとすれば……少なくとも、張り積めていた何かは崩れ落ちる。

 これでいいんだと納得をした訳ではないのだけれど、それでもどこか救われた様な気持ちにはなって。


 情けない話かもしれないけれど、涙が出てきた。

 その位には、アリサが手を差し伸べてくれたという事に俺は救われていたんだ。


 そしてアリサはどこか気を使うように言う。


「……雨、強いですね」


「……そうだな」


 本当はもう大丈夫だって所を見せた方が良いのだろうけど、俺にはそんな言葉しか返せなくて。

 だけどそれでも、何かそういう言葉を返せるようにはなりたいって。そう強く思う事位はできた。


 だってそうだろ。そんな事を言ってもらってもなお、今のままでいていい訳がないんだ。

 俺がどう受け止めるか。実際の所はどう受け止めるのが正解なのか。それはとても大切な事なのだろうけど、そんな事よりも、俺はアリサが向けてくれた気持ちに答えたいと思うのはおかしくはない筈だ。

 だから……この問題が自分の中で解決しなくても。どう処理するべきなのかは分からなくても。

 それでも、そんな後ろ向きな気持ちを抱えたままでも、なんとか前を見て歩いていかなければならないとそう思った。


 アリサが居てくれれば、そんな事だってできるかもしれないと思った。

 ……いや、大丈夫。かもしれないじゃない。できるさ、きっと。


 ……やるんだ。

 それができるだけの力は確かに貰っているのだから。


 だから雨の中、俺は頑張って笑みを作ってアリサに言う。

 これはアリサに対しての。いや、俺に対してもの決意表明だ。


「ありがとうアリサ。もう少し、頑張ってみるよ」


「応援してますよ」


 そう言ってアリサは笑みを浮かべる。

 ……そして、そんな笑みを見て改めて思うんだ。


 俺を疫病神なんかじゃないと肯定してくれたアリサに。

 俺に再び前を向かせてくれたアリサに。


 救ってもらってばかりの俺は、一体アリサに何をしてやれるのだろうかと。


 と、そう考えていた時に、アリサは言う。


「……さて、雨も強くなってきましたし……今日の所はもう帰りませんか?」


「……そうだな」


 いつまでもここに居ては前に進めない。

 また近々此処には戻ってくるだろうけど、それでも俺は前を向くって決めたんだ。

 せめて今日の所は此処を後にしようと、そう思った。

 そして俺は少しでも後ろを向かないように。アリサに話しかける。

 丁度聞きたい事もあったから。


「ところでアリサ。お前今日なんでこんな所にいたんだ?」


 普通に考えればこんな所で鉢合わせたりしないだろうと、そう思うから。

 だけどまあ、多分俺も疲れていたんだ、色々と。

 正直言った直後に、それが配慮のカケラも無い言葉だって事は分かったよ。

 そして俺が分かった位のタイミングで、アリサは言った。


「……今日、お父さんの命日なんです」


「……そ、そうか。ごめん」


 多分踏んではいけない地雷を踏んでしまったのかもしれないと、そう思った。

 だけどアリサの表情は決して悪いものじゃなくて、なんだかもう乗りきった様な。

 ……いや、違う。そういう事に慣れてしまって居る様な表情を浮かべていて。


「いえ、気にしてませんよ。大丈夫です」


「……」


 そんなアリサに俺に俺は一体何ができるのだろうか。それは分からないけれど、それでも。

 俺はアリサには幸せになってほしいと。


 その為に頑張るんだって、そう思うんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る