18 故に起こりうる当然の事態

 翌日の事である。

 この日の俺は完全にオフだった。

 一度の依頼でそこそこの報酬を得られる様になった今、毎日依頼をこなす必要はなくて。

 だから今日はオフだ。怪我も完全に治り行動の自由度が完全に戻った今が消耗し始めた日用品などを買い揃えるチャンスである。

 そして……自信を高めるチャンスでもある。


「……よし、やるか」


 買い物は午後からだ。午前中はみっちりやる。


 魔術を習得するための座学。

 カタナをうまく強く振るう為の素振り。

 そして……筋トレである。


 何事もまず土台を作ることが先決だ。

 いきなり無茶苦茶強くなんてなれやしないだろうけど、それでもきっと一歩前に進める。

 堅実に少しずつ。少しずつでもいいから強くなるんだ。


 その為にメニューを組んだ。

 無理なく頑張れる、完璧なメニューを。


 まずは筋トレ。そして素振りのローテーションを肉体の限界まで執り行う。


 そして体力の限界が来れば次は体を休めつつ頭を使う。

 ひたすらに読み込み、理解を深める。魔術教本。


 いくぜ、それの……ローテーション!


 そして勢いよくワンセットを終えた時点で、一つの答えに辿り着いた。


「……いや、無理だろ。誰だよこんな馬鹿丸出しなトレーニングメニュー考えた奴」


 他ならぬ俺である。

 いや、ね。限界まで体力を削れば精神的にも磨耗するわけで。そんな状態で苦手な魔術の知識が入ってくる訳がなくて。そもそも消耗した体力はそんなに簡単に戻ってこなくて。つまりは肉体的にも精神的にも二セット目には限界で。


「……今日はこんなもんでいいや」


 そりゃこうなるよ、うん。

 そんな感じで本日の特訓は終了した。明日からはもっとまともに計画を立てて頑張る。明日から頑張る。


 ……さて。そうなってしまえば予定が狂った。

 午前中一杯トレーニングに費やす筈だったのに、終わってみればかなり時間が余った。かなりゆっくりシャワーを浴びてもそれでも時間が余る。


 ……さて、どうしたものか。


「……まあとりあえずもう一杯コーヒーでも飲むか」


 考えがすぐに纏まるとも思えなかったので、とりあえず魔術の勉強中に飲んでいたコーヒーのお代わりを入れに行く。

 ……結構良い奴だ。

 俺が復帰する数日前に、アリサが持ってきた奴である。

 なんでも懸賞的な奴に当たったらしい。アリサ曰く奇跡だそうだ。


 実際に俺も奇跡だとは思う。


 アリサの不幸スキルを持ってして、こんな明らかに確率が薄い物を引き当てるのは奇跡以外の何物でもないだろう。


 ……その10分の一でもいい。その奇跡に振り分けられた運気を普段のアリサに振り分けられれば。きっとアイツが今、現在進行形で抱えている問題位は解決できそうである。

 でもそんな都合の良い事はできやしない。できれば苦労しない。


 だからこそ、八方塞がりなんだ。


 アイツが抱えている問題は、手を伸ばした所でどうしようもなく掴めやしない所にあるのだから。




 結局あの後、暫くゆっくりとコーヒーを飲んだ後、シャワーを浴びて外出した。

 冷静に考えれば別に買い物を済ませるのは午後からでなくてはならないという訳ではなくて、だとすれば別に予定を前倒ししてしまえばいいだけの話である。真剣に考えていたのが馬鹿みたいだ。

 さて、まあとにかく俺は外に買い物に出かけた訳だ。

 そして店へと向かう途中。ショートカットする為の経路として選択した大きな公園の中を歩いていた所で、俺は見知った顔を見付けて足取りを止めた。


「……」


 リーナである。

 だけど思わず声が出なかった位には、様子がおかしかった。


 俯いている。

 とにかく、酷く落ち込んでいるように見えた。

 ……何かあったのだろうか。昨日は凄い元気そうだったのに。


 ……とりあえず話を聞いてみるか。


「おーい、リーナ」


「あ、先輩……」


 リーナは力無い声で俺に言葉を返す。

 どうやら真剣に落ち込んでいる様だった。


「どうしたんすか、こんな所で」


「俺は買い物行く途中だよ。で、お前こそどうしたんだよ……なんかあったか?」


 俺がそう問いかけると、リーナは少し言いにくそうな表情を浮かべた後、小さな声で俺に言う。


「……さっき、ばったりアリサちゃんと会ったっす」


「……ッ」


 その一言と、今のリーナの状態だけで……大体何があったのか理解した。

 ……最悪な光景を、理解できてしまった。

 それでも。

 それが碌でもない答えしか返ってこない問いだとしても、聞かざるを得なかった。

 俺はリーナに問う。


「……会って、それでどうした」


「……露骨に逃げられたっす」


「……ッ」


「私、なんかしたっすかね?」


 嘘を付く。その場でしか。俺を含めた三人でしか成立しない空間を守る為に嘘を付く。

 それ故に起こった、いつ起きてもおかしく無かった、起きて当然の事態。

 それが……昨日の今日で、二人の間に起きていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る