ドッペルゲンガー

新月

第1話

足元でカサリと音がする。


下を見れば落ち葉が積み重なっていて、ようやく、自分が何処にいるのか気付いた。




見上げれば丸裸の枝に桃色の空。烏が1羽、くるくると回っているのが見える。


いつの間にか、森へ入り込んでいたらしい。


私は外套の襟を合わせ、足早に歩き始めた。


冬の日は短い。日が暮れる前に、どこか泊まる場所を見付けなければならない。しかし空はどんどん暗くなり、森を出る前に、辺りはすっかり暗くなってしまった。



月明かりの中、私は1人途方に暮れて立ち尽くす。この寒空の下、森で野宿しなければならないのか。


せめて暖をとれないかとポケットを探ったが、マッチ1本入っていない。諦めて木の根元に腰を下ろした時、闇に浮かぶ小さな光が目に入った。



もしかしたらと近付いてゆくと、果たせるかな、それは1軒の家から漏れる明かりだった。しかし予想に反し、それは森の中にあるような小屋ではない。小さいながらも頑丈な、村に並んでいるような家だ。


窓は磨りガラスで出来ていて、中の様子は窺えない。



「こんばんは。ごめん下さい」



私は玄関の扉を叩いた。中から人の気配はするが、音は何も聞こえない。



「ごめん下さい」



もう一度叩くと、扉がゆっくりと細目に開き、不機嫌そうな音が顔を覗かせた。



「夜分すみません。森の中で、道に迷ってしまいました。一晩泊めて下さいませんか?」

「うちにはお客に出せるようなものは何もありません」

「泊めて下さるだけで結構です。お願いします。寒くて凍えそうなのです」



扉を閉めようとする家主に続けて頼み込むと、男は不承不承といった様子で、ようやく中に入れてくれた。



家の中にはテーブルが1脚と椅子が3脚、火のないストーブが1台、それに奥へと続く扉が1つある。家主は私に椅子を勧め、温かい料理を出してくれた。



「今晩は仕方ありません。けれど、朝になったらすぐ出ていって下さい」



私は改めて礼をし、必ず出ていくと約束したが、主はにこりともしなかった。




食べ終えると、主は私を奥の部屋へと案内した。そこは寝室で、ベッドが1つ置いてある。奥に家族がいるとばかり思っていたので、誰もいないことに驚いた。




寝室に人の気配はなく、冷たく静まり返っている。




「今夜はそこで寝て下さい」



主はベッドを指差した。


私が1つしかないベッドを使うわけにはいかない。床で構わない。そう伝えたが、主は首を横に振った。



「今夜はそこで寝て下さい。さなければ出て行って下さい」



私が寝室を使うのを了承すると、主は黙って部屋を出て行き、扉を閉めた。向こうの明かりもすぐに消え、家は闇に閉ざされる。その中で私は考えた。向こうの部屋には椅子が3脚あった。一体誰が使うのだろう。



夜中に、私は話し声で目を覚ました。




扉の隙間から光が漏れている。家主が起きているようだ。


ベッドから起き上がり扉に近付く。とってを回すも凍りついたように動かない。


向こうから声が聞こえてくる。鍵を探すが見つからない。


私は暗い部屋の中で冷たい扉に耳をつけ、向こう側の音を聞いた。男と女の話し声。割って入る子供の声。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。



翌朝、家主は私に朝食を出しながら、食べ終えたらすぐに出て行ってほしいと言った。太陽が昇り始めたばかりで、家の中は冷え込んでいる。だがストーブはついていない。私はもう一晩泊めてほしいと言ったが、家主は首を横に振った。



「一晩という約束でした。食べ終えたらすぐに出て行って、もうここには戻ってこないで下さい」



私は家から出ると、離れた場所で日が暮れるのを待った。




やがて日が暮れ、家に灯が点ると、中から笑い声が聞こえてくる。


私は大股で近付き、扉を勢い良く開け放った。



中ではストーブが赤々と燃えていた。


テーブルを囲んで、女と子供、それに家主の男が座っている。私は男の顔に見覚えがあった。家に踏み込み、戦く指で男を指し、叫ぶ。




ストーブが倒れ、燃え広がった火が辺りを焼いている。家も、森も、一面火の海だ。その中で、1人の男が何もない空間を指差し、叫んでいる。



「お前だ! お前が全て奪ったんだ! 俺から全て奪ったんだ!」

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