【88話】勇者vsルー


 

 サーニャとディーの後を追っている途中、突如【感知】に強烈な反応が引っかかる。

後ろから誰かが猛スピードで追ってきているようだ。


 というか忘れもしない、この膨大で強力な魔力の反応は確か────。


「勇者、かな?」

「ご名答だクソ魔族」


 つぶやいた俺に対して急接近した彼は剣を抜き放ち、突如として切りかかって来た。

魔族と見れば相変わらず容赦がないな。


 普段の俺なら魔族と見分けがつかないだろうけど、今はまだ変身したままなので、あっさりと見つかってしまった。


「うん。それに以前の俺だったら、間違いなく瞬殺されていただろう威力とスピードだ」


 しかし今の俺ならば十分対応可能な範囲で余裕とまではいかなくとも、どちらかといえば防御よりの固有技能である【感知】を持つ、覚醒した魔王級魔族を一撃で殺すような攻撃力ではなかった。


 いやあ、とはいえヤバい状況だ。

魔神アレスリードに修行をつけてもらっていなかったらと思うとゾっとする。


 というより、なんで勇者がここにいるんだ。

確かに勇者とご対面するのは俺の当初の行動指針ではあったけど、この状況は酷いって。


「…………。たかが下っ端魔族が、この俺の攻撃を受け止めた……? やはりあの青年が言っていた魔王級の災厄だってのは、本当の話だったか。しかし、こんな所まで人探しに付き合わせやがった腹黒王女にはムカつくが、その情報にだけは珍しく感謝だな。危うく騙されるところだったぜ」


 ん? 青年?


 青年とはもしや、先ほど相手してあげた面白い固有技能をもつヒト族の青年だろうか?

そして腹黒王女というと、ラルファレーナ王女しか思い浮かばない。


 いったい俺の周りで何が起きているんだ。


 ま、まあラルファレーナ王女についてはだいたい検討がつくが。

なぜ俺の居場所をピンポイントで把握しているのかは謎だが、おそらく剣聖である俺を探しているのだろう。


 それで転移能力があり、世界で最も早くこの地に赴ける勇者に仕事を頼んだという筋書きが手に取るように分かる。


「あんたも王女のわがままに付き合わされて大変だな。同情するよ」

「寝言は寝て言え【アイテムボックス・オープン】」


 勇者がそう言うと亜空間アイテムボックスから幾千の名剣、魔槍、または斧といった武器が呼び出され、俺に向けて射出されていく。


 問答無用って訳ですか。

こりゃ会話が通じない。


「しかしこの技は以前見たな。芸がない」

「何!?」


 俺は迫りくる武器を片手で振り払う。

勇者本人の攻撃ならともかく、そんな雑魚殲滅に特化したような甘い攻撃では、剣を抜くまでも無かった。


 けん制のつもりなのだろうか?

魔王級魔族相手にこんな技が正面から通用すると思っているわけでもないだろうに。


 ……もしかして、俺を殺さないように配慮しているのか?

うん、ありえるな。


 仮にラルファレーナ王女の洞察力が俺の期待通りなら、これはまさか────。


「ソウ・サガワさんに一つ聞きたいのだけど」

「……チッ。なんだ」

「もしかして、狙っている獲物は同じだったりする?」


 そう尋ねると、彼は無言でニヤリと笑った。

あぁ~、ああ、はい。


 分かった分かった。

そういう事ね。



──☆☆☆──



 王宮の自室で、ガイオン王国第一王女ラルファレーナは優雅に紅茶を楽しみつつ、自らの策略に嵌めたとある人物を思い描き、顔を綻ばせていた。


「くふっ、くふふふふっ。おもったよりも上手く行きましたわ、これであの国もオシマイですわね。それに最近目障りだと思っていたのですもの、私をここまでの不愉快にさせたのですから、当然の報いでしょう」

「ひっ」


 その生まれ持った美貌とは対照的な黒い笑みに、部屋の隅で控えているメイドなどは背筋が凍り付く思いだった。


「ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」

「は、はぃぃ……」


 しかし腐っても仕えているのはこの国の権力者。

賢姫ラルファレーナと謳われるその人物を前に、何を言えるわけでもなく、ただ頷く。


 そして彼女はメイドの返事に満足がいったのか、さらに話を続ける。


「そうですよね、あなたもそう思いますよね。私もそう思います。亜人差別に戦争準備、果ては魔族に国を蝕まれた憐れなオルグス帝国に、これ以上好きにはさせてならないのです」

「は、はぃ……」

「今までは対抗手段が少なく躊躇していましたが、私の考え得る限り最高の戦力である勇者。そしてそれに対を成すかのように、いえ、それ以上の働きを見せるであろう殿方の力が借りられそうなのであれば、叩くのは今でしょう。……ちょうど良い見せしめでしてよ。くふふっ、あははははは!」


 何が面白いのか、狂ったように笑うラルファレーナは自分の手駒を夢想し、愉悦する。

その救国の賢姫の顔には、底知れない狂気が彩られていた。



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