【閑話】青年と勇者の邂逅
僕は魔力を使い果たしたと言って逃げ去っていく魔族の背中を眺め、その場に蹲っていた。
あまりにも疾い攻撃、そしてあまりにも重たい攻撃に体は悲鳴を上げ、今すぐには立ち上がる事もできない。
だけど結果だけ見れば、僕にしては上等と言えるような、そんな引き分けなのだろう。
相手は僕にとどめを刺す余裕がなく、僕は相手を追撃する余裕がない。
ギルドマスターを含めた冒険者組合の皆が何も出来ずに倒れる中、たかが上級冒険者に差し掛かった程度のランク、すなわちB級の僕がここまでやれるなんて、誰が予想できただろうか。
あの魔族は強靭だった。
周りの空間を捻じ曲げてしまう程の
おそらく四天王かそれに迫る程の実力を持つ、とんでもない魔族だったのだろう。
……しかし、たった一発だ。
最後のあの瞬間、たった一発の攻撃で僕は沈み、身動きが取れなくなってしまった。
それも
正直、負けたと言わざるを得ない。
あの魔族にも余裕は無かったのかもしれないが、ミー師匠がいなければ、どうみたって僕はトドメを刺されていたし、何より固有技能を発動させるタイミングさえなかったかもしれない。
そう思うと無性に悔しくて、やり切れない思いが込みあがって来る。
──何のために、僕は強くなった。
──何のために、師匠は僕に力を貸して来た。
──何のために、何のために……。
その想いだけが頭の中をグルグルと回り始める。
「くっ、くそっ! くそぉっ!」
「まて。まだ立ち上がるんじゃない、ロード」
「師匠……」
「お前の気持ちはよく分かる。しかし、結果は結果じゃ。今回は魔族の中でも桁外れの強敵と相まみえ、生き残った事を良しとし、この経験を糧に前に進め。……それにじゃ、そこらの魔族相手であれば、お前の勝利は揺るぎようもなかったよ。そこは、ワシが保証する」
ミー師匠の言葉で、僕のぐちゃぐちゃになっていた思考は幾分か冷静さを取り戻す。
「経験を糧に、前に進む……」
「そうじゃ。こう言ってはなんだが、あの化け物はおそらく現魔王にすら匹敵する化け物じゃろうて。いや、もしかするとそれ以上かもしれん。このワシが相手の力量を見誤るなんぞ、そうとしか考えられんからな」
「現、魔王……」
その存在はヒト族の大半が知らない事ではあるが、長い間各地を旅してきたミー師匠になら聞いた事がある。
魔大陸の中心にある王国には、四天王を束ねてなお抑えきれない程の力を持つ、勇者すらをも退けた無敵の魔王がいるという事を。
「……となればじゃ、話は簡単。その化け物を相手に全力を出させつつも、その上で生き残ったお主の実力は本物だという事に他ならない。つまりロードの望む英雄の力に、ある意味片足を突っ込んだ状態だと言えるだろう。ワシらの今までの修行は、間違っていなかったのじゃ」
「そうか、僕はそんなに強くなっていたんだ……」
「うむ」
そう思うと、少しだけ気が晴れてくる。
強力な魔族に太刀打ちできたという事よりも、僕を信じて鍛えてくれたミー師匠の期待に応えられた事が、何よりも嬉しい。
「有難うございます、ミー師匠。おかげでまた前に進めそうです。それに師匠の回復魔法で体力が戻って来た今なら、逃げた魔族を追撃する事はまだしも、連れていかれたあの
「そうじゃな。……む? むっ!!!?」
「……? どうしました師匠?」
僕の意見に賛同しかけた師匠が一瞬眉を顰めると、次第に驚きの表情に代わり、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
いったい、どうしたと言うのだろうか?
すると、今まで誰も居なかったと認識していた虚空から、突然声が聞こえて来た。
「……なるほど、実に興味深い話だな。その話、良かったらもう少し聞かせてくれないか? 何、心配するな。誰も取って食おうとしている訳じゃない。ちょっとばかり、気になる事があってな」
「あわ、あわわわ……っ! あわわわわわわわ!! おま、お前は……」
「ど、どうしたんですかミー師匠!?」
尋常ではない程に慌て始めた師匠の視線の先へと振り向くと、そこには黒髪黒目の不思議な顔立ちをした、一人の男が立っていた。
腰に吊るしている武器は恐らく恐らく聖剣で、鞘に入っているのにも関わらず途轍もない存在感を示している。
まさか、この人は……。
「ま、まさか、勇者ソウ・サガワ……」
「あん? なんだ、俺の事を知っているのか。こっちの国にはあんまり顔を出した事ないから、知ってる奴は居ないと思ってたんだけどな」
「ぬわーーーーっ!! ……ぶくぶくぶく」
「ちょ、師匠!?」
勇者が現れたと思ったのも束の間、慌てていた師匠が唐突に奇声をあげ、口から泡を吹いて失神してしまった。
何がどうなっているんだ、一体。
というか、今代の勇者は神王国の貴族になり、そこで暮らしているって聞いていたのだけど、こんな遠くの国までどうやって訪れたのだろうか。
さっきまで誰も居なかったはずの空間から出て来たし、まるで転移してきたみたいな、そんな錯覚を受ける。
それに、彼がどういった用事で赴いたかも分からない。
だが、これはある意味チャンスかもしれない。
なにせ、このピンチ的な状況でこれ以上ない戦力が現れてくれたのだから。
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