【87話】魔神パンチ


 主人公のごとく覚醒したロード青年と対峙する。


 正直、今の彼と真っ向から殴り合っても負けるような事は一切ないと断言できるが、かといって一方的に倒してしまうのも何かと問題だろう。

なにせ本来、彼は貴族に不当に攫われた亜人種を解放しようとしているだけで、何も間違った事をしていないのだから。


 向こうは俺の事を人攫い貴族に加担したゲス魔族と思っているだろうし、他の冒険者だってそうだ。

もしここで彼らと必要以上に戦い再起不能にしてしまえば、それは今後、この国の不当な貴族を抑止する役割をもつ冒険者、そういった国への自浄作用を持つ組織の根幹を揺るがしてしまうだろう。


 故に俺は魔力で彼らを脅すだけに留めたし、ロード青年にも決定的な一撃は与えなかった。

こういうのは程々が良いのだ。


 しかし、このまま逃げるのもちょっともったいないと言うか、個人的な理由で彼の力の限界を見極めてみたいという思いもある。

なにせ勇者以外でようやく出会えた、ヒト族の固有技能ユニークスキル持ちだ、そりゃあ興味くらい湧くだろう。


 だからこそ、俺は妥協点というか落としどころを見つける事にした。

ようするに倒さなければいいのだ。


 程々に戦って、途中で逃げれば良い。

負けゼリフは「くっ、この勝負は一先ず預けておくぞ!」か、「なにっ!? チッ、命拾いしたな……」辺りが良いだろう。


 完璧だ、RPGの中ボスもかくやと言わんばかりの負けっぷりである。


「よし、これでいこう」

「……ん、何か言ったか? よもや命乞いじゃあるまいな」

「クククッ、何を馬鹿な事を。そんな訳がないだろう。……いいだろう、私の力を見せてやる! こい、劣等種族め!!」

「──ハァッ!」


 常に俺の隙を伺っていた彼に、驕りと油断によって態と隙を見せるように両手を開き、突撃させる。


 ……なるほど、スピードは中々だ。


 これが2年半ほど前の俺が相手であったなら、剣を切り結ぶだけでも相当苦労しただろう。

おそらくあの頃のディーよりも速力はある、自信があるというのは本当のようだ。


 だが、四天王級というのは些か盛り過ぎではないだろうか。

身体強化からくる力の上昇が速力に現れているのだとしたら、攻撃力もおそらく同等レベルだろう。


 この程度の攻撃なら、避けるのも受けるのも余裕だ。


「くっ! なんてスピードだ!」

「よし、通用する!」


 まあ、都合上避けないし受けられないのだが。

なにせ今の俺は主人公にやられる予定の中ボスだ、ここでしくじって真顔で受けきってしまう訳にはいかない。


 サービスでちょっとだけ血を流した感じに幻影を弄っておこう。


「……これは、血かっ!? 貴様ぁあああ!! よくもこの私の高貴な血をっ! ゆ、許さん!」

「行ける、行けますよミー師匠! 僕の力が、魔族に通用しています!!」

「いけ! そこじゃロード! そのまま押し切れー!!」


 幼女は既に観戦モードだ。

まるで格闘技の試合で贔屓の選手を応援するファンの一人みたいになっている。


 少しはこの幼女の力も見ておきたかったが、まあ欲張らないでおこう。


 ちなみに、ロード青年の力は想定通りあの頃の俺よりちょっと強い程度だった。

これでヴラド伯父さんと同等とは口が裂けても言えないハズだが……。


 他にも何か、切り札となる物があるのだろうか。

先ほど物理攻撃が効かないとかなんとか話していたので、それかもしれない。


 ちょっと強めに殴ってみる。

パンチの威力はヴラド伯父さんに致命傷が入るくらいのレベルだ。


 耐久力に特化しているというのなら、これくらいで丁度いいだろう。


「この私を怒らせたな下等種族!! 死ねぇ! 魔神パンチ!」

「ガハッ!!?」

「ロ、ロード!!?」


 当然、物理攻撃に耐性のある彼は俺の攻撃を受けきり────


「そ、そんな……。グゥッ」


 ──ドサッ。


「ん?」

「あわ、あわわわわ……っ」


 あれ?


 え?


 …………倒れたぁ!?


 ど、どどどどうしよう?

いや、まて慌てるな。

ギリギリだが、悶絶しているロード青年にはまだ意識がある。


 あの幼女魔族も慌ててはいるが、死んではいないロード青年に回復魔法を掛けているあたり、戦う気はあるのだろう。


 よって、挽回のチャンスはまだ残されているといってもいい!


 ならばここはアレだ、えーと、……そうだ!

俺も致命傷を負っていた事にしよう、それがいい。


「グハァァァアアアッ!! ク、クソが!! 下等種族相手に、この私の全魔力を使い切る事になろうとは……」

「ロード! 立てロード! もう少しであやつを倒せるぞ!」

「チッ、回復魔法か……。さすがに、これ以上の戦闘は分が悪いようだ……。命拾いしたな、この勝負預けておくぞ!」


 負けゼリフを早口で言い終えた俺は、そのまま吸血鬼の特殊技能エクストラスキルである翼を広げ、周囲の魔法を解きながら飛び立つ。


「ま、まて──」


 最後に彼が何かを言いかけていたが、まあ終わりよければ全て良しだ。

とりあえず時間稼ぎと力の確認は一段落と言っていい。


 さて、それではサーニャとディーの後を追わせてもらうとしよう。


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