【85話】幼女の洞察


「おい! あれ魔族じゃないのか!?」

「あのクソ貴族、どうしようもない奴だとは思っていたが、まさか魔族と繋がっていたのか……」

「ば、馬鹿な……。いや、しかしこれで奴を急襲した建前が出来たかもしれん。この人数差で負ける事もないはずだ。逆にこれで良かったとも言える。お前ら、気を抜くなよ!」


 貴族の私邸の門、その前で仁王立ちをした俺の前に冒険者達がわらわらと集まって来る。

最後のギルマスの台詞から察するに、魔族を見て臆さない事からも相当腕に自信があるようだ。


 とはいえ、とりあえずディーを運んでもらう為にこうして前面に俺が出た訳だが、確かにこのままでは少し不味い。


 何が不味いかというと、冒険者の目的が俺ではなく、ディーを取り戻す事にあるのが個人的にすごく都合が悪い。


 彼らからしてみれば、ここで仁王立ちしている俺なんか素通りしてしまい、それぞれが分散して貴族の後を追ってしまえばそれで済んでしまうからだ。


 だからそうさせないために、ここで一つ芝居を打つ事にする。

魔改造した幻想鏡ミラージュを全力で使い、俺に注意を向けさせることにしたのだ。


「改造魔法、──幻想空間クリエイトワールド

「……なっ!?」


 魔法陣が完成した瞬間、俺を中心に先ほどまでの景色が一変し、平行感覚を失うほどの壮大な宇宙空間が広がった。


 勿論、元の魔法が幻覚魔法である以上、この景色も幻覚だ。

ただし、見破れない程に高度な幻覚ではあるけど。


 現に全ての者達がこの魔法に囚われており、突然の出来事に足が竦む者や腰が抜ける者、または怯え出してしまう者が現れた。


 まあ確かに、宇宙の知識がなければこの空間がなんなのかすら分からないだろうし、そういう反応になるのも頷ける。

しかしこれで、かなりの時間が稼げるはずだ。


 ただ少しだけ不気味なのが、あの異質な青年と幼女魔族がまったく動じて居ない所だろうか。

動きは無いが、それ故に冷静にこちらを観察しているように思える。


「やあやあ、冒険者諸君。私の世界へようこそ、是非ともゆっくりしていき給え。なんなら永遠にここに居てもいいのだよ」

「この闇は……。まさか、これがミー師匠の話で聞く、3年前の魔族との戦争で使われた暗黒空間ダークネス? とすると、あの圧倒的な力を持つ魔族は吸血帝王ヴァンパイアロードか、それに連なる血族という事か……」


 青年が分析を始める。

考察の過程が検討外れなわりには、結論として出した答えが大正解で一瞬ヒヤリとする。


 すると、その傍にいた幼女魔族が訝し気に俺へと声をかけて来た。


「……この状況、少しおかしいのう。のう、そうは思わんかそこの魔族」

「何がおかしいというのかな? この絶対的な力の差を感じて、気でも触れてしまったか?」


 何やら核心を突いてきそうな雰囲気を纏っている幼女に話を合わせつつ、演技を続ける。

頼むから俺の正体には気づかないでくれよ、色々と面倒だ。


「どうしたんですか、ミー師匠?」

「いやなに、少し考えれば分かる事じゃよ。事前にワシの手に入れていた情報によると、ここの領主が魔族崇拝関係の重鎮であり、魔族と繋がっていたのは間違いない。であれば、高位の吸血鬼ヴァンパイアが助っ人として加勢に馳せ参じるのも分かる。──しかし」


 やばい、どんどん核心に迫って行っている気がする。

というかお前も魔族だろう幼女よ、そちらこそなぜそこに立っているのか謎だ。

少しおかしいのは幼女の方だ。


「あっ、そうか!」

「気づいたかロード。そう、3年前の戦争当時、吸血帝王ヴラド公爵は人間勢力に味方し、その力を以って伝説の弓兵や剣聖と共に肩を並べて戦ったはずなのじゃ。そしてこの特殊技能エクストラスキルを発動し得る、彼の者の血を濃く引くであろう魔族が、宿敵である魔族崇拝者に協力じゃと?」

「…………」


 ぐぅの音も出ないのだが。

なんなんだこの幼女の洞察力は。


「……とすると、やはりおかしいのう。これは本当に暗黒空間ダークネスなのか? もしそうだとしたら、あいつは本当にワシらの敵なのか? 答えは──」


 そこまで言ったとたん、幼女がニヤリと笑った。


 ダメだ、完全に読まれている。

これ以上冒険者達の前で俺の素性を明かされる前に、この芝居をすぐにやめた方が建設的だろう。


 まあ、だからと言って幻覚を解くわけではないけど。


「あー、分かった分かった。俺の負けだこの化け物幼女、なんて洞察力だよ本当に。確かに俺は君たちに敵対する者ではないし、ましてや殺す気など微塵もない」

「クククッ、褒めるでないわ小童。では、さっそくこの空間を解除してもらおうか」

「いや、それはできないな」

「なんじゃと!?」


 素っ頓狂な声を上げているが、出来ないものは出来ない。

敵対する者ではないのは明らかにしたが、だからといって足止めを止める訳にでもいかないのだ。


「まあ、俺に殺意がないのは分かってもらった通りだが、こちらにもこちらの事情があるんだよ。あの貴族にはちゃんと逃げてもらわないと困るんだ。もし押し通りたいというのなら、────命を懸けてこの俺を倒してみろよ」


 こんどはこちらがニヤリと笑い、膨大な魔力で相手を威圧する。

案の定、想定外の行動に出られた幼女魔族は腰を抜かし、あわあわと慌て始めた。


 さっきとのギャップが凄まじいな。

ちなみに今の威圧でほぼ全ての冒険者が行動不能になってしまったようだ。


 最初からこうしていれば良かったかもしれない。


「なんじゃこの魔力は!? くっ、こんな化け物と戦闘なぞしていられるか! 逃げるぞロード!」

「…………逃げませんよ」

「なぁっ!? 首根っこを掴むな馬鹿弟子! この恩知らず!」


 逃亡しようとする幼女を青年が捕らえ、剣を構える。

なんだ、なにをしようとしている?


「せっかくの機会です、師匠に鍛えてもらった僕の力が、彼に通用するか見てみる事にしましょう。ミー師匠はそこで見ていてください」


 …………ただの戦闘狂だった。



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