【閑話】英雄に憧れた青年(2)


 青年剣士、ロードの朝は早い。

起床してから身支度を整えては冒険者ギルドで素振りを行い、全身疲労に包まれた後に日銭を稼ぐための依頼を受けるのだ。


 依頼といっても、年齢不詳の謎の幼女と出会ってからは何日もかかる長期依頼は受けておらず、ギルドランクB級の者にしては珍しく、その辺に潜む弱い魔物を狩る程度のものだ。


 だがそんな代わり映えのない毎日ではあるが、彼はそれなりに満足している。

何の取り柄もない少年だった自分を見出してくれた幼女なかまに、あの頃に自分には無かった生きるための力があるからだ。


 そして何より、少しづつではあるが英雄の力に近づいている実感もある。


 だが同時に、許せない事もある。

この国の体制についてだ。


 ヒト族である自分は何の被害もない事ではあるが、この国には獣人や土精族ドワーフ森妖精エルフなどといった、亜人種にとっての居場所がまるでない。

殆どが奴隷になるか、もしくは貴族の玩具おもちゃになるなどという末路を迎えている。


 人権がないのだ。


 耳が尖っている上に成長の遅い幼女師匠は森妖精エルフ族なのだと彼は勝手に思っているが、だからこそ、その仲間がいつ危険にさらされ理不尽を強要されるかも分からない。


 青年ロードにはそれが、どうしても許せなかった。

元々正義感の強い彼であるからこそ、それは顕著だったのろう。


 だからこそ彼は日々修行を行い、英雄のような立場と力を得て、国に対しての発言力を以って内部から変えようと努力してきたのである。


 そのための道のりとして騎士団に入り出世するも良し、魔法を極めて賢者と呼ばれるようになり出世するもよし、はたまた英雄と呼ばれるような戦果を挙げて出世するもよし。

どれでもいいが、とにかく力が必要なのだ。


 だがそのための力が、今の自分には築き上げられつつある。

両親もおらず、日々を生きるだけで精一杯だった昔とは違うのだ。


 そう、理不尽を前にしておきながら黙っているしかなかった昔とは、違うのだ。



──☆☆☆──



 ある日の夕方、ロードは日課の訓練とゴブリン退治を終えて街に帰還し、美味そうな匂いを漂わせている屋台付近、乗船場に近い海辺の傍を物色していた。


 彼の腹もそろそろ夕食時だと感じたのだろう、大きな音を鳴らしながら食事を催促する。


「うぅ、腹減ったー! 今日やることは全てやったし、そろそろ串焼きでもつまみ食いするかなぁ」

「へい兄ちゃん、それならオレの所の肉でも一つどうだい。こいつは今日獲れたてのワイルドボアを捌いた肉さ。焼き加減も絶妙で、美味いぜぇ?」

「うわっ、そりゃいいね。一つ頂くよ」


 そう言って彼は一つ串焼きを購入し、焼き立ての肉を頬張る。

こうして依頼の終わりにつまみ食いする一口の肉が、また最高なのだ。


 そうして味を噛みしめながら一日の幸せを味わっていると、ふと周りが騒がしくなった。


 辺りを見渡すと、貴族と思われる裕福な恰好をした肥満体の男性とその部下が、たった今しがたこの港町に到着したと思われる旅の集団と、揉め事を起こしていたのだ。


 その中心には銀髪黒目のヒト族の青年と魔法使いの女性、ゴリゴリマッチョの耳の尖った──信じたくはないが、おそらく森妖精エルフだろうと思われる──男性が居る。


 どうやらこの国の腐った思想に汚染された貴族が部下を連れ、あの森妖精に難癖をつけているらしい。


「おいおい、なんでこんな所に首輪のついていない森妖精エルフが居るんだぁ? ぶひゃひゃひゃ! 信じられんよなぁ。なにせ、どこぞの金持ちの船がやって来たと思ってお近づきになってみれば、亜人が我が物顔で船から降りて来たのだから。これは私も貴族の端くれとして、こいつを豚小屋まで連れて行かねばならんな。それとこの亜人に首輪をかけて居なかった罰として、そこの娘も連れて行かせてもらうぞ」


 そう言って豚貴族は部下をマッチョの森妖精エルフにけしかけ、女性の方は自分が連れていくとばかりに腰へ手をまわした。


 なんともまぁ、この自分の前で堂々と犯罪を犯してくれたなと、ロードは思う。

当然このようなあからさまな誘拐を彼が許すはずもなく、救出に入ろうとする。


 どの程度の爵位を持つ貴族かは知らないが、いくらこの国が腐っていても白昼堂々誘拐していい理由にはならないし、何よりそんな法律はない。


 ただ助ける上で貴族そのものを傷つけてしまっては、こちらが悪者になる可能性もあるので、その点を考慮して部下の方だけを制圧しにかかろうとするが……。


「あぁ? 何言ってんだこいつ。おいルー、めんどくせえから全員ぶっ飛ばしていいか?」

「ルーくん、私こわーい」

「はぁ……。オルグスについた早々にこれか、先が思いやられるな。ディーとサーニャは手を出すな、俺がやる。どうやら相手は貴族みたいだし、厄介ごとは御免だ」


 ロードが動き出そうとした瞬間、ルーと呼ばれたヒト族の青年が消えた。


 かと思えば、腰の双剣を抜いた彼が貴族の後ろに立って首に剣を突き付けており、周りたむろしていた部下達が全員地に伏せていたのだ。


 そして呆気に取られて固まっていれば、気づけば豚貴族は泣きべそをかいて逃げ出しており、辺りには拍手喝采が満ち溢れていた。


 その一連の光景が、ロードには信じられなかった。


「──あ、ありえない!? 残像すら見えなかった、だって? そ、そんなバカな」


 彼は戦慄する。

冒険者としてはまだまだ上があるにしろ、B級の戦士としてそれなりに腕が立つ自分に残像すら見せない動き。


 そんな異常な体術と剣技を持つ、まるで噂で聞いた英雄ガーラのような凄まじい身体能力に、彼は衝撃を覚えた。


 同時に彼は思う、あいつは何者なのかと。

もし物理攻撃に対し無敵の反撃手段、その固有技能ユニークスキルを持つ自分が彼と戦っていたとしたら、勝てて居ただろうかかと。


 答えは、不明。


「嘘だろ……、あんな化け物のような存在がこの世にいるなんて。まさかあれがエヴァンチェ神王国の勇者なのか……? あっ、いや、もしかして」


 他国から渡って来たであろう人物に強烈な興味を持った彼は、ふと思い出す。

つい最近彼の師匠であるミーから聞いた、ガイオン王国の闘技大会で優勝した固有技能保持者、剣聖の存在を。


 どうやら、世界は果てしなく広いようだ。

自分の未熟さを痛感する。


「うん、だけどこれは」


 ──自分を高めるチャンスかもしれない。


 そう感じた彼は、事は済んだとばかりに去って行く三人組の後を追跡する。

あわよくば、一戦交えることが出来ないかという戦士の本能に従いながら。

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