【閑話】英雄に憧れた青年


 軍事国家オルグス帝国。

その戦争に向けた強気な政策の数々は、ひとえに国力が強いという他にも、幾度となく戦いに勝利を収めてきた英雄の存在が大きい。


 天才である賢姫を保有する騎士国家ガイオン王国に、勇者を保有するエヴァンチェ神王国とは大きく距離が開いているために、特に両者間のいざこざという物は無いが、それでもこの大陸を代表する大国である事は変わらず、勇者と英雄を保有する者同士の睨み合いは常に行われてきた。


 そんな賢姫や勇者と肩を並べて国を支える英雄とは何者なのか。

帝国の内情を深く知る者は口を揃えてこう言うだろう。


 ────救世の真魔王ガーラと。



──☆☆☆──



 時は少し遡り、ルーケイド達が魔族船に乗りオルグス帝国を目指している最中、帝国の港町にある冒険者ギルドでは、一人の青年が訓練用の剣を振るっていた。


 その一振り一振りに魂が籠められているかのような真剣さで、前を見据えて正確に素振りを行う彼の実力は、良くてB級。


 ヒト族の戦士としての力量は中の上、または上の下といった所だろう。


 しかし、二つ名が付けられる程ではないはずの剣閃には、明らかに実力以上の雰囲気が纏わりついており、もし彼より数段実力が高い者と対峙したとしても、何故か押し勝てる程のオーラを感じるのだ。


 気迫だけを見れば、遠くでその姿を観察している冒険者達も息を飲む程であり、ついつい剣を目で追ってしまう。


 ただ一人彼に付き添う、耳の尖った幼女を除いては。


「フッ! フッ! フッ!! ハァッ!! ……はぁ、はぁ。これで素振り二千回目、か」

「その辺にしておくのじゃロードよ。そもそもワシの課した訓練内容は素振り千回程だったはずじゃぞ。その剣に掛けられている疲労の魔法陣を考慮しても、やり過ぎじゃ。お前の固有技能ユニークスキルを生かすためとはいえ、限度という物があるぞ」


 そう青年に問う幼女は手に持った杖を振りかざし、彼の肉体に回復魔法をかける。

明らかに年齢に合わないその魔法力は、一瞬で疲労を癒した。


 青年の夢中の訓練故か、幼女の回復魔法の腕故か、一連の流れを見届けていた冒険者達は感心したため息をつき、また自分の訓練へと戻っていく。

この光景も毎度の事なのだ。


「ありがとうございます、師匠。でも、俺はやらなきゃいけないんです」


 彼の瞳には決して消えない炎が籠められており、確固たる意志を以って師匠と呼ばれた幼女魔法使いを貫く。


 そして揺ぎ無い彼の言葉に幼女は少し辟易としながらも、頷いた。


「……はぁ。暇つぶしに修行だけはつけてやっているが、あの馬鹿者と同じくお前は頑固すぎる。もう少し柔軟に生きろ。それとワシの事は師匠ではなく、ミーちゃんと呼べといつも言っているだろう」

「頑固だろうと、その馬鹿者である英雄と並べられるのであれば光栄です。ミー師匠」



 最も尊敬する存在である、この国の英雄と同列に並べられた青年の表情は軽くなり、緊迫した空気は四散する。

彼自身も意識して緊張感を漂わせていた訳ではなく、心の奥底に眠る感情に突き動かされていただけなのだ。


「……馬鹿と呼ばれて喜ぶ奴がおるか、まったく。本当に難儀な奴じゃなお前。王国の賢姫もそうだし、神王国の勇者もそう、そして二年前に頭角を現した剣聖もそうじゃが、固有技能持ちというのは捻くれた奴が多すぎる気がする」


 幼女魔法使いは渋い顔をして愚痴を言い、現在確認されているヒト族の固有技能持ちの例をあげる。


「難儀で結構ですよ。かの英雄に届き得るならば。なにせその力は勇者と肩を並べ、魔大陸に潜むと呼ばれる魔王ドラウグルを打倒せんとする、大英雄ですからね」

「う、うむ? まあ打倒はしようとしているなぁ、確かに」


 青年は何も知らない。

その大英雄ガーラが魔族である事も、現魔王ドラウグルを倒してしまった先に、どんな未来が待ち受けているのかも。


 さらに言えば、一昔前に出会い力を見出してくれたその幼女が、何を企んでいるのかも。


「あと、今初めて聞きましたけど、剣聖っていうのは誰なんです?」

「ガイオン王国の闘技大会で優勝した、ヒト族の化け物じゃよ。あの時はまだ子供じゃったが、二年後の今、どれほどの力をつけている事やら……。丁度お前と同じくらいの年齢だし、負けていられんのぅ?」


 その言葉に彼は珍しく対抗心を燃やし、また少しだけ期待を膨らませた顔で告げた。


「僕と同い年の固有技能持ちかぁ、一度手合わせしてみたいですね」

「やめとけやめとけ。いくらロードが物理攻撃と相性の良い固有技能を持っているとしても、相手は相手で化け物じゃからな。お前の目標はあくまでも、大英雄ガーラじゃろ?」

「そ、そうでしたミー師匠。あくまで目標は高く、ですよね!」


 純粋な彼を煽る幼女の瞳には少し罪悪感が宿っていたが、青年には気づかれる事はなかった。


「ミー師匠ではない。何度も言うが、ワシの事はミーちゃんと呼べ」

「は、はぁ……」

「では今日の訓練はここまでじゃ、あとは勝手に剣の腕を磨くと良い。その固有技能ユニークスキルを大切するのじゃぞ、ロード。……お前を失ってしまえば、ワシの計画も色々と狂うのでな」


 最後に小さく独り言を呟くと、ミーと呼ばれる幼女魔法使いは帽子を深く被り、訓練場を後にした。

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