【77話】昔々あるところに


 手に何らかの魔法陣を起動させ、俺に魔力を集中させながら魔神は語り始めた。


 その昔、まだ原種魔族すら誕生していなかった時代。

世界には人と動物、多少の魔法が共存する豊かな世界だったという。


 人も獣人や土妖精ドワーフ森妖精エルフなどといった、多種多様な種族が繁栄していたらしい。


 そんな美しい世界を導きと調和、そして愛の女神リズナリードという存在が管理していた。

他にも神々に近き存在は居たらしいが、この世界の主神はその女神だったとのこと。


 むしろ、女神リズナリードが世界を統治していたからこそ、安寧だったと言っても過言ではない。


 しかしその安寧の中、いや、そうであるからこそ興味を持ってしまった存在が居た。

それこそが我らが魔神アレスリードである。


 長きに渡る主神の加護の下、完全に調和が取れ決まったレールの上を生きるこの世界に、魔神は異を唱えたのだ。


 ──世界よ、もっと自由に歩み始めたらどうだ。

 ──人々よ、決まりきった答えではなく、新たな可能性を追い求めろ。

 ──ありとあらゆる全ての魂は解放されるべきなのだ。


 と、主神によって定められた運命に従うだけの平和になど、何の価値もないと、彼はそう言った。

そうしてその先駆けとばかりに、魔神はこの世界に降り立ち様々な取り組みを始めたのだ。


 今までに無かった魔法の開発や、種族の進化。

己の持つ権能、魂の力を操り魔石を生み出し人々に与え、今までよりも遥かに強力な人間、後に【原種魔族】と呼ばれる存在を作り上げた。


 彼のそんな行いは、一つの答えしか与えられてこなかった人々にとって、何よりも甘美な響きに聞こえたようだ。

新たな可能性を求める者、自由を求める者など様々な者達が魔神の側につき、勢力を大きくしていった。


 しかし、そうして世界を改革していく彼なのだが、当然そう順調に事が運ぶ事ばかりではない。

当たり前の事だが、今まで世界を管理し見守り導いてきた主神からしたら、とんでもない事だからだ。


 何やってんだお前と思われても不思議じゃない。

いや、確実にそう思っていた事だろう。

俺でもそう思う。


 最初は多少の変化をもたらすくらいは許容の範囲内かなとか思っていた彼女も、徐々に自分の守ってきた世界に今まで無かった争いが起き始め、加速度的に進化する魔族陣営にとうとう痺れを切らした。


 そう、魔神アレスリードはやり過ぎてしまったのだ。


 いくら自由が良いと言っても、従う事しかできなかった人類が急に過度な自由を得てしまっては、悪意や欲望が暴走するのも自然の理。


 自分達ばかりが力を手に入れ肥大化したその悪意は、元の人類を下等と見下し、ついに侵略戦争を仕掛けるにまで至る事となる。


 力を持たない人々は成す術もなく蹂躙され始め、魔族は女神の怒りをますます買う事となる。


 このままでは世界が壊れてしまうと思った女神は考えた、何とかしてこの暴力を食い止める方法はないかと、どうにかして原種魔族に対抗できる、世界のバランスを保てるだけの人間を生み出せないかと。


 だがいくら考えても、元の人々には無理な事ばかりだった。

そもそも力を与えてしまったら魔族と同じように暴走するだけだからだ。


 それでは元も子もない。


 かといって諦める訳にもいかず、幾月も幾年も考えに考え、彼女はある結論に至った。

この世界の者達に無理な事なら、他の世界の人間の協力を得られれば良いのではないかと。


 それもかの魔神と同じような思想、つまりは自由と可能性の思想を持ちながら、なおかつ欲望に染まらない善良な魂を呼び寄せれば、人々は救われるのではないかと。


 元々魔神とてこの世界をめちゃくちゃにしたかった訳ではない、ただ足りなかった要素に着目していただけなのだ。

まさかこんな事になるとは思ってもいなかった。


 そこで女神リズナリードと魔神アレスリードは手を組み、他の世界から救世主となる人間を召喚した。

それこそが世界のバランスを保つ起死回生の一手、最強の人間、勇者と呼ばれる者達の出現だ。


 結論から言うと、目論見は成功した。

召喚された何人かの勇者達は瞬く間に勢力を盛り返し、何百年、何千年という歴史の果てに世界の調和取り戻すことに成功する。


 人々には勇者という切り札があり、魔族には魔王という切り札が存在するが故の、力による均衡だ。

良く出来た構図である。


 かくして、平和を取り戻したかに見えた世界だが、しかしまだ一つの問題が残されていた。

根本的な問題が。


「……つまり、人間と魔族の間に亀裂が生じたままで、魔神と女神、二柱の神にとってはまだ納得の行くものではいってことかな」

「そうだよ。やっぱり察しが良いね、君は。神の心を読むなんて、才能あるよねぇ」


 真剣な表情で話し終えた魔神は、またニヤニヤ笑いに戻り俺をからかう。


 だがそうすると色々と辻褄が合うな。

俺がこの世界に呼ばれた理由、そして魔族として転生し、生を受けた理由。


 様々な事に説明が出来る。


「つまり、人間とはヒト族から魔族まで全てを含むというのが二柱の考えで、その種族間の亀裂をなんとかするために、俺が呼ばれた訳だ。さらに言うなら、魔族の肉体を持ち日本人としての感性を持つが故に、差別なく二つの種族の間を取り持つ事ができるっていう企みがある」

「そうそう! 大正解! いやぁー、天才だね君は」


 屈託なく笑う魔神だが、そこには重大な要素が欠けている。

そう、俺の意志という奴だ。


「……で、俺が断ると言ったら?」

「ん? 自由だよ? 断りたければ断ると良いし、君の好きなようにするといい。なにせ僕は自由を司る神だからね、強制なんてしないさ。それにあの地に降り立った時に最初に作り上げた魔族、まあ自分の事なんだけど。そのアマイモンの子孫である君に押し付けるなんて、したくないからね。僕はただ、昔話をしただけさ。あ、それと最後の仕上げも終わったよ」


 そう言って彼は微笑み、あっけらかんと修行の完成を告げたのだった。


 ……最後の仕上げあっけな!

サックリしすぎだろ!

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