【閑話】腹黒王女の好奇心


 王都を襲った魔族の大襲撃、その戦いの報告を受けた王女ラルファレーナは内心辟易していた。

情報屋のグラヴが言うには中規模の襲撃となるとの事だったが、これほどの戦いを繰り広げてなおその程度の規模だという事に、魔族という敵勢力の大きさに嫌気がさしたのだ。


「まったく嫌になりますね。魔女王などという伝説の魔族を突入させてなお、相手は全力では無かっただなんて」


 幸い今回は剣聖ルーケイドを味方につけた事で時間が稼げ、人類の決戦兵器とも呼べる勇者を突入させるまで場を持たせる事ができたが、次もそう上手く行くとは限らない。


 なぜならあの戦いの後に剣聖達は姿を消し、傍に居たアザミ・サガワですら見つけられない程遠くに行ってしまったのだから。


 しかし遠くに行ったとは言ったが、決して戦死した訳では無い。


 もし仮にこれが戦死によって姿が見えないというのであれば、追跡能力に優れた獣人の嗅覚をもつアザミに見つけれないはずがない。

すぐにその死体の下まで辿り着くはずだし、彼女がここまで狼狽するはずもないのだ。


「あわわわわ……、ル、ルーケイドさんが居なくなってしまいました。何故なのでしょう? 私がお荷物だったからでしょうか? それともあの戦いで戦死して……」

「落ち着いて下さいアザミ様。あなたの能力で見つけられないと言う事は、剣聖はもうこの場にいないという事なのでしょう。むしろ姿を現さないのに匂いを感じない事を喜ぶべきだと思いますよ」


 慌てふためくアザミに対して正論を以て諭す賢姫。


 現在彼女達は王宮の一室を借りて会議を開いており、戦いの後すぐに帰還してしまった勇者を除き、主要なメンバーが集まっているようだ。


 「そ、そうですよね! あの良い匂いの村人さんが簡単に死ぬはずがありません! きっと何か大事な用事を思い出して、故郷の村とやらに帰ったのかもしれませし。あ、もしかしたら吸血帝王ヴァンパイアロードとかいう魔族を追ったのかもしれませんよ! あの魔族にだけはお父さんも追撃を加えられませんでしたから! さすがルーケイドさんです!」


 正論に元気づけられ、無我夢中でまくし立てるアザミの言葉に対し、ラルファレーナは成程と思う。

彼女も剣聖が姿を消した理由については様々な予測を立てていたものの、実際に現場に居なかった賢姫には情報が足りず、決定的な理由を掴めずにいたのだ。


 しかし今、アザミの戯言とも言えるような幼稚な推理を聞いて、賢姫の頭にあった無数の予測が一瞬で精査され、吸血帝王と剣聖の結びつきに焦点を当てる事で、ある結論に至った。


 そもそも何故あの場に吸血帝王が出現したのか、そして何故剣聖と同時に身を引いたのか、最後に何故、自分達が逃げおおせる以上の効果を持つ暗闇を出現させたのか。

そう考えれば、導き出される答えは一つしかない。


 それは即ち、あの四天王が訪れた本当の目的は、魔族にとって失ってはならない誰かを救出する為だったのではないか、という事だ。


 もちろん失ってはいけない誰かとは剣聖達の事であり、彼らを魔族と仮定したならば、魔族にとって天敵とも言える勇者から身を守るためには、あの暗闇の中で逃げ出す以外に助かる道はないだろう。


「なるほど。それで私の勘が常に彼らに注意を向けろと、いつまでも囁いていたのですね……」


 つまり、文字通り剣聖ルーケイドは魔族専門の冒険者であり、四天王を軽く動かせるという事はもちろん、今回の事件を食い止めるに匹敵する切り札であったという訳だ。


 まったく、魔族の侵攻から身を守るために魔族を手元に引き込んでいたとは、皮肉もここに極まれりである。


 しかし、その考えに至ったラルファレーナは思う。

それもまた一興ではないか、と。


 確かに彼らは人類の敵であり、自分達を騙し続けていた。

だが、それが一体何だと言うのだろうか。


「面白い、実に面白いですよ剣聖ルーケイド。よくもまあ、これだけ私の【好奇心】を刺激するものです。初めてツキミ様を見た時以来ですよ、こんなに興奮したのは。……ふふっ」


 にやりと粘着質な笑みを浮かべ、頬を染める賢姫ラルファレーナ。


 決して相容れぬとされた人間と魔族、そんな立場にありながら人間のために易々と魔族と敵対し、四天王まで動かす人物。

そんな大物をこれからどう料理し、自分の手駒にしてやろうかと、彼女は今後に想いを馳せる。


「ああ、いけませんわ。私にはツキミ様がいらっしゃいますのに」

「どうしたんですか王女様、顔が真っ赤ですよ? お疲れなのでしたら一度お休みになられた方が……」

「あら、これは失礼致しました。ですが何でもない事ですので、お気になさらず」


 アザミに悟られた事で姿勢を正すが、まるで焦る様子のない賢姫。

しかもその上でニッコリと王女らしい微笑みを浮かべるのだから、手に負えない。


「なら良いですが……」

「はい、良いのです。これは私の我儘という物ですので。それよりも気を付けてください、剣聖はもしかしたらあなたの敵となるかもしれませんよ?」

「うぇっ!? そ、そんな事ある訳ないじゃないですか! ルーケイドさんはいつだって心優しい村人さんです、理由もなく敵対するなんてありえません!」


 先ほどの幼稚な推理から、もしかしたら少しでも剣聖の正体に勘付いているのではと思ったが、そうではなかったらしいと理解する。

だが、これはこれで面白い展開が見られそうだとラルファレーナはほくそ笑み、彼が魔族である事を伏せておく事にしたのだった。


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