【66話】暗黒世界


 黒髪黒目の男、魔女王の言う事が正しければ勇者と思わしきその人物。

そいつが無造作に手を振りかざした瞬間、勇者の周りに幾千本もの剣や槍、斧といった数多の投擲武器が亜空間から姿を現した。


 先ほどまで何もなかったその空間を割くように現れた武器たちは、魔女王のみならず他の上級魔族やドラゴン達に降り注ぐ。


 亜空間から射出される武器の投擲速度は、俺やディーが全力で投げ放つ速度を遥かに凌駕しており、その一撃必殺の威力を持った攻撃は容易く他者の命を屠っていく。

まるで死のバーゲンセールのような光景に、俺達は立ち尽くす事しかできない。


 何なんだこの光景は、冗談か何かなのだろうか。

だが例えこれが冗談だろうが夢だろうが、こんな奴を相手に逃げおおせるなど不可能だ。


 普段なら俺でも苦戦するはずの上級魔族を、野良ゴブリンか何かのように無造作に蹴散らし、四天王であるはずの魔女王メドゥーサさえも捌ききれずに何度も攻撃を浴びているんだぞ。

逃げようとした瞬間にあの剣の一本でも射出されて、そのまま串刺しにされるに違いない。


 すると棒立ちになって放心してしまった俺達に対し、焦りを浮かべたヴラド伯父さんが必死の形相で咆えた。


「何をしている小僧、早く逃げんか!! お前は儂らにとっての、いや魔大陸にとっての切り札。最強の魔族と成り得る可能性を秘めた原種魔族なのだぞ! 逃げる隙くらいはこのヴラド・ヴァンパイアロードが用意してやるから、今すぐこの場を離れろ!!」

「……へえ、ずいぶん必死だな。まさかこの場に魔王の子孫でもいるのか、吸血帝王。しかし舐められたものだな、この俺がその逃げる隙とやらを与えると思うか?」


 全くもってその通りだ、逃げる隙なんて与えてくれるはずがない。

だがヴラド伯父さんはまだ諦めていないらしく、吸血鬼の頂点として持つその魔力を増大させ、恐らく特殊技能エクストラスキルと思わしき一つのスキルを発動させた。


「残念だが、貴様にくれてやれるような命ではないのでな。……今回の所は諦めてもらうぞ。特殊技能エクストラスキル暗黒世界ダークネス】」


 スキルが発動した瞬間、薄暗い程度だった夜空がさらに漆黒へと染まり、周囲から一切の光が消えた。

聞こえるのは殺戮の音だけで、亜空間から投擲される武器の衝突音だけが周囲に響き渡る。


 なるほど、この手があったか。

確かにこれなら勇者は精密な狙いをつけられないだろうし、敵陣営に向けて無造作に弾幕を張るならまだしも、立ち位置的に味方陣営に所属していた俺達に攻撃を当てるなど不可能。


 対して俺には【感知】があり、目が見えなくとも周囲の状況は手に取るように分かる。

親友二人の手を引いてこの場から離脱するなど、朝飯前という訳だ。


 さすが吸血鬼の特殊技能、単純に強くなるような能力ではないが、運用法次第ではこれ以上ない大きな力となる。


 そしてその事を悟った俺は【感知】を最大利用した状態で二人の手を握り、その場から一目散に駆け出した。

戦場に伯父さん達を残していくのはどうかと思うが、あの吸血帝王やその部下達の事だ、逃げるだけなら問題なく成功させてくれるだろう。


 むしろこの闇に乗じて、魔女王メドゥーサ側が逃げおおせてしまう可能性すらある。


 それじゃあばよソウ・サガワさん!

今回のところはトンズラさせてもらうぜ!!



──☆☆☆──



 あの理不尽の体現者とも言える勇者、ソウ・サガワの一件から逃げ出し一ヶ月が経った。

現在は魔大陸の港町、オリュン行きの船に揺られて悠々自適な日々を過ごしている所である。


 ちなみにあの時、俺達を逃がすために発動させた特殊技能だが、伯父さんもかなり無理をしたのか、その効果は半日程その場に残ったらしい。

もちろんそれだけ暗闇が持続していれば勇者と言えど深追いするのは難しく、俺達はまんまと逃げおおせたのである。


 王国では居なくなった俺達に対して、第一王女あたりが何かに勘付くかもしれないが、まあそれはそれ、これはこれだ。

命があるだけマシってものである。


 仮にもし魔族だとバレてしまっても、あの腹黒王女やアザミさんあたりなら使命手配するような事はないだろう。

むしろ今まで通りに接してくれるような、そんな感じさえもする。


「あぁー、平和っていいなぁ」

「そうじゃなぁ、儂も勇者なんぞに甥っ子の命をくれてやらずに済んで良かったわい」


 いやほんと、平和って最高。

ちなみに魔族船にはヴラド伯父さんとその部下の人たちも乗り込んでいて、あの大戦闘の時の荒々しさがまるで嘘みたいにのんびりしている。


 仕事のオンオフで人間性違い過ぎだろこの人達。


「だな、もう二度とあんなヤベェ殺人鬼には遭遇したくねぇ」

「それは無理なんじゃないかしらー。ルーくんは修行を完成させたらまた会いに行くみたいだしー。まあ、ディーが臆病風に吹かれて離脱するっていうのなら止めないけどもー」

「なっ!? そ、そんなんじゃねぇよ! 俺はビビってねぇ!」


 いや、俺はビビったけどね。

ただ、修行を完成させるまで勇者訪問が一旦お預けになったのは事実だし、もう一度会いに行けるだけの成果が出たら性懲りもなく旅に出るのも事実だ。


 正直俺は勇者っていう存在を舐めていた。

仮に戦闘になったとしても逃げるくらいならなんとでもなるし、会ってみるくらいならどうとでもなるだろうと思っていたが、とんでもない。


 こちらも相応の力を身につけなくては、魔族が無暗に訪問しに行くなど自殺行為だ。

父さん達が旅に出る前に条件を出したのも、納得せざるを得ない。


「まあそう気落ちするな小僧。向こうで事情を説明し、この儂と魔王がたっぷり鍛えてやるから安心するといい」

「それは楽しみだね」


 という訳で、一度魔大陸に戻って修行の再開と言う訳だ。


 余談だが、ディーは俺とはまた別のメニューで伯父さんに鍛えてもらい、サーニャはレイス族の四天王に稽古をつけもらう事になった。

俺の旅について行くというのなら最低限そのくらいの修行は必要だし、いままでの功績も考えて放置しておくのは宝の持ち腐れと判断されての事だ。


 それじゃまあ、ヴラー村に帰ったらとりあえず今までの事を報告して、魔王様に謁見といきますかね。

吸血鬼としての力と、俺に宿るという原種魔族とやらの力、完全にものにしてやるぞ。 

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