【60話】防衛準備


 定期連絡の翌日、闘技大会の優勝者を招待するために、王宮から護衛を含めた十人程の使者が現れた。

武力の祭典である大会の上位者達を招くのに、こんな大量の護衛が必要なのだろうかとも思ったが、きっとこれが王族貴族の見栄という奴なのだろう。

馬車もやたら豪華だしね。


 護衛の騎士達はそれぞれフルプレートの鎧に身を包み、王家の象徴と思わしき紋章が刻まれた馬車を囲っている。


「豪勢だなぁ、さすが王家」

「はっ! 確かに闘技大会は武力の頂点を決める祭典ではございますが、私達の国のまつりごとにも関わる大事な行事ですので。そしてその大会で優勝なされ招待されるという事は、ある意味他国の上級貴族、言ってしまえば国賓を招くのと変わらないのです」


 そう答えるのは護衛隊長と思わしき、少し豪華な騎士鎧を着こんだヒト族の男性。

一見すると冷静に答えてくれたようにも見えるが、隊長さんの手は僅かに震えており、顔にも冷や汗らしきものが浮かんでいる。

どうやら俺達に対して緊張しているようだ。


 だけど成程ね、確かに彼の言う通りでもある。

外交のためのパフォーマンスに勇者の関係者まで抱え込む程の国だし、今後の付き合いも考えて丁寧な対応で接待するのも当然の事なのかもしれない。

親切にされて嫌な気はしないので、当然こちらの方が印象はいいだろうしね。


 その後、馬車はアザミさんを含めた四人を乗せて進んでいき、褒美の件で王から事前に連絡があると言う事で、一先ず客間へと通された。

どうやら本選に出場したメンバー全員に声が掛っているらしく、他にもツキミや化け物弓兵なんかも招待されているらしい。


 おそらくこれは魔族の件で相談があるからなんだろうけど、ガイオン王も随分張り切ってるな。

褒美の件を建て前にすれば怪しまれないとはいえ、かなりの大所帯だ。


「来ましたね剣聖。数日前は私の芝居にも付き合って頂きましたし、用件はだいたいお察しの通りかと」

「やっぱり襲撃の件かぁ。まあ大会にも敵の魔族らしき男が紛れ込んでたし、これだけ警戒するのも当然だね」


 そう答えると、第一王女の瞳に少しだけ驚きの色が混ざり、しばらく思考を巡らせたあと軽く頷いた。


「なるほど、既にあの者の正体に感づいていたのですね。私も情報屋から裏を取り確信したのですが、確かにあれは偵察用の魔族で間違いないようです。しかし、あなたを侮っていた訳ではありませんが、流石に聡明。こと魔族関係の事件に関して、これ以上ないほどに心強い助っ人ですね」

「まあ色々と理由があってね」


 こちらが正体を確信したのはディーと魔族の会話が聞こえたからだし、むしろヒト族である彼女があの男の素性を明かしたという点の方が驚きだ。

ちょっとが良すぎて怖いくらいだよ。


 ヴラド伯父さんが防衛戦で無双したときに、素性がバレないか少し、いやかなり心配だ。


 ちなみに、先に客間へ訪れていた騎士団長などの重鎮達には既に話が通っていたようで、俺達が王女と魔族の件で話をしていても驚いた様子はない。

この場に居る者は全てを承知していると見ていいだろう。


「うむ。大会は私も見ておったぞ、冒険者ルーケイドよ。歳に見合わぬ圧倒される程の剣技と、類まれなる頭脳、戦闘における手札の数々。そしてそんな其方に負けず劣らずの竜殺しや大魔導士達。最初に我が娘レーナから話を聞いた時は半信半疑であったが、試合を見て納得した。確かに娘が気にかけるだけの力を持っているようだとな。特に決勝で魅せた、お互いに一歩も引かぬあの攻防。王としては少し冷静さに欠けるかもしれんが、年甲斐もなく興奮して大声を上げてしまったわい」


 王が熱く語り、それに賛同するように重鎮達も頷く。

あの時の攻防は確かに見ごたえがあったかもしれないけど、こちらとしては二度とやりたくない程のデッドヒートだったな。

このままだと、次に同じ事をやれって言われてもう一度勝てるか分からないし。


 やるならやるで、確実に勝てるだけの力を早急に身に着けておきたい所だ。


「お父様、お戯れはその辺で。では早速ですが、ルーケイド様がたに折り入ってのお願いがあります。父からくだんの褒美を受け取った後、まずはこの王都を出払って頂きたいのです。それがまず作戦の第一段階ですね」

「……ん? ああ、なるほど。そういう事か。伏兵ね」


 前置きが無く、あまりにも直球で伝えられたから少し考えたが、彼女の言っている意味が分かった。

ようするに強力な防衛戦力になるであろう俺達が出払う事によって、魔族が襲撃するタイミングをコントロールするという事だ。


 当初想定されていた襲撃は大会中か、そのしばらく後。

前者は国の戦力が疲弊し、隙が出た所を狙うという作戦を考慮しての事だし、後者は大会が終わり強者が散った所で、ここぞとばかりに王都を攻め落とすだろう事を想定した推測だ。


 どちらにせよ魔族側に有利になるので、結局のところ実行されるタイミングが不確定のままであったが、もう闘技大会が終了した以上は後者のパターンしかありえない。

であるならば、俺達が出払ったと見せかけて潜伏し、向こうの予定を破綻させるのは有効な作戦といえるだろう。


「その通りです。ツキミ様や我が国の重鎮、伝説の弓兵であるヴェーラ様には既に伝えておりますが、情報屋の話によると偵察に出ていたであろう魔族が情報を持ち帰り、あなたたちの脅威を伝えた事は間違いありません。手の内が知られてしまい用心されるのは痛手ですが、逆にその情報が逆手にとれれば、向こうも手痛いしっぺ返しをもらうはずなのです」

「なるほど、事情は把握したよ。その作戦には全面的に協力させてもらおうかな」

「ありがとうございます。優勝の褒美に関しては今回は適当に合わせていただき、後日改めて防衛の働きと共にお渡し致しますね」


 王女が軽くウインクし、あとは宜しくとばかりに微笑んだ。


 しかしこれは思わぬ幸運だな。

仮にこの作戦でいくのであれば、ヴラド伯父さんと俺の関係を疑われずに済む可能性が高い。

唐突に表れた超強力な集団が襲撃者に抵抗し、散々敵を蹴散らしたあとに撤収するなんていう事も可能なのだからね。


 そして会議の終了後、予想以上に都合の良い作戦に内心ほくそ笑み、数日後には訪れるであろう戦いの準備に備えるのであった。


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