【54話】怪しい男


 第三組の試合中、二組の試合を終えたサーニャが俺達のいる観客席に戻って来た。

アザミさんの方はどうやら聖剣の力を酷使しすぎたらしく、あまりにも疲労が濃いため回復班のところで絶賛休憩中らしい。


 第二試合に出れるかも分からない状態だとの事なので、次は棄権の可能性も大きいだろう。

まあ俺としても消耗しきった彼女と戦って得るものは何もないので、それで良しとする。


「お疲れサーニャ、惜しかったね」

「そうねー、あの犬っころも少しは覚悟を決めていたみたいだわー。まあとりあえずは合格といった所かしらー」


 サーニャが余裕綽々の表情で答える。

それもそのはず、彼女は俺達の目的を意識して、見た目が派手な魔法しか使用していなかったし、何より魔力にはまだだいぶ余裕があるのだ。


 確かに威力そのものに手加減はなかったが、相手を倒すためだけの戦い方をしていた訳ではない。

自分の私情をある程度抑えてまで俺に付き合ってくれるサーニャに、いまさならがら感謝が沸いてくる。


「しかし、お前が腕を切り落とされた時は生きた心地がしなかったぜ。焦らせんな」

「あらー、ディーにしては珍しく心配してくれてたのー? まあ、たまにはこういうのもいいわねー」

「ちょっ! こんな大衆の前でくっつくんじゃねぇ! やめろぉおっ!」


 そうか、あの時焦っていたのは、試合の最終局面でサーニャが傷ついたからだったのか。

てっきり俺達のような前衛基準で考えていたが、確かに後衛の女の子が傷つくのを見て焦る気持ちもわからないでもない。

それに、ディーは基本仲間想いだからね。


「あははははっ! あの時の焦ったディーは別人みたいだったよ、こっちが驚いたくらいだ」

「むふーっ! 意外と可愛いところあるじゃないーっ」

「ぬぉぉぉぉっ!」


 全身にマーキングをくらい、恥ずかしさと魔力疲労の両方で狼狽する親友。

仲が良くて何よりだ。


 そしてそんな感じでじゃれ合いをしていると、いつのまにか第三組の試合に決着がつき、会場内がこれでもかっていう程に盛り上がっていた。

どうやら騎士団長さんが勝ったらしい。


「それじゃ、次は例の怪しい男との対戦だから気を付けていけよ、親友」

「任せとけ。あんな野郎には負けねぇよ」


 数分後、闘技大会第四組目、竜殺しと呼ばれるAランク冒険者、森妖精エルフ族のディーと、予選で闇属性魔法をものともしなかった男の対戦が始まった。

お互いに獲物は大剣、一撃でもまともに命中すればその時点でノックアウトになってもおかしくない、そんな代物だ。


 だが試合が始まってからというもの、二人はじりじりと間合いを詰めるだけで、大した動きが見られない。

恐らくお互いの出方を探っているんだろうけど、これは二人の力がある程度拮抗していないと起こらない現象だ。


 あのディーと対等だなんてちょっと信じられないが、これでますます魔族っていう線が濃厚になってきたな。


 すると突然、男の方が小声で親友に話を持ち掛けた。

観客の声援などでほとんどが掻き消されているので、当の本人たちにしか聞こえない程度の声だが、吸血鬼の血が濃い俺の耳には辛うじて届く。


「おい貴様、あの剣聖は何者だ。お前と同じように相当な強者である事は分かるが、実力的には伝説の森妖精エルフに太刀打ちできるレベルではなかった。なのになぜあの結果を生んだ」

「……そりゃぁ俺に勝って、決勝で親友をぶちのめすための算段か?」

「いや、違う。もし仮にこの質問に答えてくれるのであれば、その情報料として勝負を捨ててやってもいい。つまり、降参すると言う事だな」


 どうやら二人の会話は俺と伝説の弓兵の試合についての事らしい。

まあ確かに、それなりに実力がある者から見れば、かなり不自然な勝利だったからね。


 実力では彼女の方がやや上手だったし、そう思うのも不思議じゃない。

不思議じゃないが、一つだけおかしな点がある。

それは情報料として男が降参してやるという所だ。


 根っからのバトルマニアであれば、興味本位から情報を得たい気持ちがあるのは分かる。

しかしその条件でいくならば、自分と同格程の相手であるディーを前にして逃げるだろうか。


 答えは否、兄や父など何人ものバトルマニアと戦ってきたから分かるが、このチャンスを逃がすなど絶対にありえない。


 であるならば残った答えは何か。

当然、奴が何らかの目的で情報収集をしているという事だ。

おそらく、かなりの確率であいつは魔族だろう。


「なんだよそりゃ。ルーの野郎どころか、俺にすら勝つ気がねぇのに、親友の情報をよこせだ? ……冗談も休み休み言いやがれ」

「…………ッ!!」


 突然、ディーの体から異様な圧力漂ってくる。

どうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだが、今問題なのはこの異常なまでの力の膨れ上がりだ。


 ディーの技の中にはこんな物は無かったはずなんだが、一体何が……。


「決勝であいつと戦うために、それまでとっておこうと思ったんだけどよ。……やめだ。俺と俺の親友を舐めたお前に、力量差ってもんをみせつけなきゃ気が済まねぇ」

「チィッ!! なんだこの異常な魔力の増幅はっ!? そしてこの力の本質は、……闇属性か? ……まさか!! なるほどそいう事かっ!」


 確かに感じる力は【感知】で闇属性だと分かるが、あの男は一体何に気づいたというのだろうか。

固有技能を持っている俺だからあの属性の本質に気づけるが、まだ魔法を使っている訳でもないし、この大陸の者に分かるようなものではないはずだ。


 いよいよ怪しい。


「それじゃ、一撃で決めてやるからよ。──覚悟しろ」

「ま、待てっ! 降参だ! 降参を宣言するっ!!!」

「はぁぁ!?」


 ディーが力を込め、ついにその技を繰り出そうとした時、おそらく魔族と思わしき男が降参を宣言した。

おいおい、せっかく俺対策とかいう切り札を見るチャンスだったのに、何降参してるんだよ。

根性出せ魔族、男だろ。


 だが無情にも審判は試合の決着を宣言し、なんだか分からない理解不能な圧力で試合を制圧したディーに、観客達は大盛り上がりの様子だ。

あーあー、もうちょっとで見れたのに、惜しかったなぁ。


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