【53話】キャットファイト
番狂わせを相手に番狂わせを実現させ、凍り付いた会場を後にしたその数分後、さっそく二組目の試合が執り行われた。
彼らにも何が起こったか分かっていないだろうし、納得できない所も多々あるのかもしれないが、そんな不穏な空気を放っておくほど国も甘くない。
この闘技大会はガイオン王国が主催しているのだし、いくら今回の目玉である者が早々にリタイアしたからといって、黙って指をくわえて見ているはずがないのだ。
なんとしてもこの空気を払拭すべく、観客の目を一組目から反らせるために二組目の対戦に移行したのは、流石というべきだろう。
そして二組目はサーニャとアザミさんの試合になるわけだが、さてはてどうなる事やら。
「んでよ、どう思うルー?」
「ん、何が?」
「勿論サーニャとあの嬢ちゃんの対戦結果だよ。どっちが勝つと思うよ?」
「うーん。まあ自力ではサーニャが何枚も上だろうけど、アザミさんにはそれを埋めるくらいの武器があるからなぁ」
この大陸で聖剣の立ち位置がどの程度なのかは知らないし、誰でも金を出せば手に入るのか、もしくは限られた者達にしか与えられないのかなど、色々と調査不足だが、それでもハッキリしている事がある。
それはあの聖剣が量産品だろうが、それこそ勇者が持つ程の極めて強力な物であろうが、なんにせよあの剣の能力を駆使したアザミさんは、俺にも捉えられないという事だ。
今から数ヶ月前、港町レビエーラでの魔族掃討作戦の時、全体の指揮をしていたアザミさんが地下二階にいる俺を嗅ぎつけ、とんでもない速度で突進してきた事があった。
その時の瞬間速度は俺の【連撃】状態を超えるほどであり、もしそれが無尽蔵に使えるならばサーニャに勝ち目など皆無であろう事は、容易に想像できる。
ただその後はすぐ体力切れになっていたし、聖剣の光が弱まっていた事も考慮するに、そう何度も全力使用できる力ではないのだと思う。
故にアザミさんの実力は未知数であり、決着の行方が分からないのだ。
「ようするに、武器の使用回数制限次第って事か」
「そういう事だね」
そんな事を話している間にも二人は闘技台に上がっていき、睨み合う形で相対した。
──☆☆☆──
ガイオン王国闘技大会本選、その舞台に二人の少女達が上がる。
その見た目は成人したての幼げな彼女達だが、実力の程は予選試合の時にしっかりと証明されており、コロッセオに集まった観客からも期待の視線が寄せられる。
──次はどんな戦いを見せてくれるのか、と。
「ふーっ。ついに決着がつけられるわね犬っころー、正直待ちわびたわー。そして、今日こそは身の程という物を理解させてやるよ」
「あら、また素が出ちゃってますよサーニャさん。それに、身の程を理解するのはどちらなんでしょうね?」
ヒト族の少女の殺気にも気圧される事なく、狼獣人の少女が挑発で返す。
両者の間には目に見えない火花が散っているようにも感じられ、その異質な圧力は緊張感となって会場内を駆け巡る。
「それでは両者揃ったようなので、第二組の試合を始める。準備はいいか? ……よし。それでは、試合開始ッ!!」
「…………」
「…………」
審判が開始の合図をかけるが、当の選手達は微動だにしない。
いまだ睨み合いが続いているのだ。
そして感覚的にはあまりも長く感じた数秒後、さすがにしびれを切らしたのか、サーニャと呼ばれるヒト族の少女が言葉を発した。
「ねぇアンタ。ルーくんが今の貴女を眼中に入れてないのは分かっているだろうし、貴女だって気持ちの整理がついてないんじゃない? ここで引かないと痛い目をみるわよ」
彼女が問いかけるが、アザミと呼ばれる獣人少女は事もなげにクスリと笑う。
「ええ、分かってますよそんな事は。でも、気持ちの整理ならついてますとも。私はルーケイドさんが好きです、大好きです。それはきっと、サーニャさんよりもです。そしてこの勝負に勝つのも、また私の方です」
「ふざけるなよメス犬」
──スパァーンッ!!
そう答えた瞬間、ヒト族の少女が彼女に急接近し、全力のビンタがその顔に命中した。
「ふざけているのは貴女の方ですよ、たかが幼馴染」
──スパパァーンッ!!
「ぶっ殺すぞてめぇ」
「やってみてください」
「死ね」
「死にません」
──スパパパァーンッ!!
──スパパパァーンッ!!
──スパパパァーンッ!!
──スパパパァーンッ!!
彼女の達はお互いの言葉の応酬と同時に、ビンタをかまし続けていく。
二発の次は三発、その次は四発とその手数を増やしながら。
「……チッ、意外としつこいわー。だけど分かった。それならもう遠慮はしない。本気で戦ってやるから覚悟しろよ」
「ええ、望む所ですとも」
そう宣言すると同時に、本来魔法職であるヒト族の少女の方がその場から飛びのき、距離を取る。
ようやく第二組の試合開始、という事のようだ。
──☆☆☆──
「……ねえディー、今ちょっと、いやかなり恐ろしい物を見たんだけど。これはアレかな? サーニャに幻覚を見せられているのかな」
「いや、幻覚じゃねぇ。大丈夫だルー、しっかりしろ。リーダーだろ」
「あ、ああそうだった。しっかりしないとね。……はははは」
ディーに諭され、再度気合を入れなおす。
もう一度よく見ると、闘技台ではサーニャの氷槍やアザミさんの剣技が白熱した試合を繰り広げており、先ほどまでの事が何もなかったかのように真面目に戦っている。
やっぱりさっきのは幻覚だったのかな、言い合いをしていた二人からは考えられないような高度な戦いだ。
それと試合の方はかなりアザミさん有利で、聖剣の光もかつてない程に青白く輝いており、常時もの凄いスピードで盤面を駆け巡っている。
魔法がいくら降り注ごうと避けられるか叩き割られ、サーニャでは回避しきれない剣技によって徐々にダメージを蓄積させていっているようだ。
元々一対一の戦いにおいて、魔法使いと戦士ではかなり戦士が有利だ。
魔法は盤面をコントロールできる程の影響力はあるが、実力が肉薄していると決定打に欠ける。
俺の立体魔法がグレイグ兄さんに効果が無かったようにね。
「うーん。あれだけ聖剣をぶん回しているのに、まだ光に衰えが見えないし……、これは勝負あったかな」
「かもしれねぇな。っていうか、あれだけ大盤振る舞いしていたら二回戦以降の余力がないんじゃねぇか? あのアザミって奴、サーニャ戦で全てを出しつくすつもりだぞ」
まあ、そう見えるね。
何がなんでもこの試合だけに勝つっていう感じの戦い方だ。
こうでもしなきゃサーニャには勝てないだろうし、間違った戦い方ではないんだろうけどね。
そうしてしばらくの間、魔法対剣という二人の壮絶な攻防が続き、アザミさんの力に押され続けていたサーニャに会心の一撃が入った。
それはもうザックリと、ガードした杖ごと片腕を叩き切ったのだ。
これはさすがに、……勝負ありかな。
「良い一撃が決まったね。サーニャなら自分で回復もできるだろうけど、そんな暇は与えてくれないだろうし、これで決着だ」
「…………ッ!!」
「ん? どうしたディー?」
サーニャの腕がバッサリいったのを見たディーが、物凄く焦ったような表情を浮かべている。
いやまあ親友の腕が両断されたんだから焦るのは分かるけど、あのサーニャだぞ?
このくらいのダメージは俺達だって何度も経験してきたし、治療なんて楽勝じゃないか。
だがディーの焦った表情はその後しばらく消える事はなく、審判の判定による決着がついた後、サーニャが自分の魔法で治癒させるまで続いたのだった。
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