【45話】ルーケイドは見た


 王都の街並みを疾駆し、情報屋の置き手紙にあった目的地、コロッセオと呼ばれる円形闘技場へと向かう。


 この円形闘技場は大会の会場として使われる事になるらしいが、深夜である今は誰も訪れる事がないだろうし、何よりかなり大きい建物に囲まれているため音も気にならない。

まさか街中でり合うとは思わなかったけど、確かに戦闘を行う場所としては最適だ。


 そしてヨルンとは比べ物にならない王都の広い道を走り切り、闘技場内部を外から覗き見る。

内部は円形の城壁に囲まれているので、高い壁をよじ登って覗けばまず見つかる事はないだろう。


「……人数は四人か。予想通り龍人族と、掴まっているアザミさん。あと恐らく王女と思わしきドレスの女性。そして最後の一人がヒト族の男って構成ね。なるほど」


 なるほど、意味が分からない。


 まさかたった二人の戦闘要員だけで、俺達三人を迎え撃とうと思っていたのだろうか。

……だとしたら、予想していたよりかなり危険だな。


 最初は魔族の大集団でも集めて殴り合うつもりなのかと思ったけど、あの頭でっかちの龍人族が二人で十分だと踏んだという事は、むしろこの戦闘に雑魚は邪魔だと考えたのだろう。

頭でっかち一人なら集団を集めないと勝負にならないハズなので、あのヒト族が規格外に強いと見て間違い無い。


 予想以上の戦力に、これは気を引き締めないといけないと悟るが、それでもまだ引っかかる部分がある。

そもそもあいつの目的は何なのだろうか、という所だ。


 再度目を凝らし、吸血鬼として持つ夜目を意識しながら人質の方を見やる。

確認するに、人質二人の服装はボロボロで、掴まる際にかなりの抵抗をした事が伺える。


「……ん? いや、違うな。倒れている二人は縄で縛られ服もボロボロだが、体には傷一つないんじゃないか、アレ」


 王女の方はともかく、アザミさんを攫う場合は流石に戦闘くらいにはなるはずだ。

それが服だけボロボロで、傷一つなく横たわっている……?

いやいや、そんな馬鹿な。


 聖剣を持つアザミさんを戦闘で仕留めるのに、無傷での捕獲はありえない。

俺だって絶対に無理だ。


 とすると、この状況はつまり──。


「……はぁ、そういう事かぁ」


 ようするに、これはお芝居って訳だ。

全く何やってんだあの魔族は、いきなり疲れが押し寄せて来たんだけど。


 しかもちゃっかり見た目を誤魔化す魔道具とか使っちゃってさ、人間にめっちゃ溶け込んでるじゃん。

まさかとは思うけど、俺と話し合いでもしたかったのかな?

対価次第で魔族の情報を売り渡す【力なき者の剣】、とかいう英雄譚もあるくらいだし、もしかしたらあの龍人族、元居た反魔王組織を裏切った可能性もあるな。


 しかし、そうなると裏切った勢力から身を守るための防波堤が必要になるはずだしなぁ……。

いや、待てよ。

もしかしたらその防波堤がこの王都で、王女がパトロンって事かな?


「あー、もう。考えれば考えるだけ面倒くさい生き方してるなあの魔族。もういいや、とりあえず姿を現してしまおう」


 そして隠れていた城壁から飛び降り、龍人族とヒト族の三十メートル手前あたりに着地する。


 少し距離を取ったのはまだヒト族の方を警戒しての事だ。

たとえ芝居であったとしても、俺がそれに気づかなければ戦闘になっていたはずだし、ボディーガードの方が弱い訳がない。

佇まいから見ても達人であることは容易に分かるし、何よりもこの大陸の人間にしては魔力総量がかなり高い。


 指輪や腕輪などの魔道具をつけていないようなので、魔族の偽装という事は無いだろう。

戦ってみなくちゃ分からないけど、油断したらまず殺されるくらいには圧力を感じる。

こんな異常なヒト族に出会ったのは始めてだ。


「おや、奇襲をかけてくるのかと思いましたが、案外素直に現れましたねぇ。それともまだ姿の見えない竜殺しと大魔導士が切り札ですか、剣聖殿?」

「…………彼があの剣聖か。確かにこれはやばいな、あのデタラメな親父と同じ匂いを感じる。実力もそうだが、それ以上に敵に回したらトラウマになるタイプだ。依頼の対価とはいえ、勘弁して欲しいぞまったく。正直付き合いきれない」


 姿を現した俺に対し、それぞれの感想を述べる誘拐犯モドキ。

向こうはまだ警戒しているようだから、とりあえず緊張を解しといてあげよう。

お芝居だったものが本気になってしまっては、こちらにちょっとだけ分が悪いしね。


「下手な芝居はその辺したらどうかな。他の二人は連れて来ていないし、奇襲するつもりもないよ。それとそこの頭でっかち、ただの話し合いくらいで無茶苦茶するなアンタ」

「…………」


 俺がそう言うと、ぺちゃくちゃとお喋りをしていた二人が目を見開く。

それどころか人質となっていた二人までビクリと体を震わせ、大量の汗が流れ始める。


 いい加減諦めたらどうだろうかと、優しい提案をしてあげたい。

これ以上は間違いなく、アザミさんの黒歴史の一ページとなるだろうからね。


「で、返答は?」

「……さすがに潮時ですね。だから言ったじゃないですか、依頼主様。この男がこんな下らない芝居で惑わされるはずがないと。私も彼に一矢報いるチャンスでしたので格安で引き受けましたが、これ以上は仕事の適用外ですね。あとはご自分でどうぞ。それとお見事です剣聖殿、やはり私の目に狂いは無かったようだ」


 偽装魔族がそう言うと、人質となっていた二人が諦めたかのようにモゾモゾと動き出し、勝手に囚えていた縄が解かれた。

バツの悪そうな顔をする女性陣だが、そもそもなぜ芝居をする必要があったのだろうか。

まずはそのあたりを聞いておきたい。


 あと、それともう一つ重要な事が──。


「ああ、そうそう。言い忘れてたんだけどアザミさん、服がボロボロだからパンツ丸見えだったよ」

「────◇h×ΕwΔΓVッ!?」


 そう伝えた瞬間、アザミさんが声にならない声を上げ、その顔が絶望に染まった。

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