【44話】誘拐事件


 酒場で情報屋の話を聞いたその日の夜、アザミさんと合流予定の宿屋で時間を潰し彼女を待っていたのだが、いくら待っても一向に来る気配がない。

もう夕食も食べ終わったし、一体どこで道草食ってるんだと思い、一度自室に戻ると……。


「なるほど、置き手紙かぁ」

「なんだその手紙? ルーの知り合いからか?」

「なんだかあの犬っころの匂いがぷんぷんするわぁー。そんな手紙は危険だから、いっそのこと捨てましょうよルーくんー」


 何時どこから誰が侵入したのかは知らないが、自室には一枚の置き手紙が存在していた。

俺の【感知】に引っかからなかった所を考えるに、おそらく外出していた間に侵入したとは思うんだけど、その差出人がアザミさんって事になっているのが妙に胡散臭い。


 彼女は俺の自室に無断で立ち入るような性格ではないし、伝言くらいなら宿の主人にでも頼めばいいだけだ。

そもそも、宿屋の場所は知っていても個人の部屋までは知らないはず。

今日初めて合流予定だった俺の部屋を、どうやって突き止めたんだろうか。


 持ちえない情報を持っている所とか、性格に合わない行動パターンとか、何から何まで怪しい。

まるで誰か別の人間を雇っていたかのような……。


 うん、雇う事が可能で情報に精通しているとなると、情報屋あたりが怪しいかな?


「もしかしたら、例の情報屋ってのが関係しているかも」

「あの昼間に話してた酒場の噂か?」

「いや、あくまで可能性の話だよ。ただ、闘技大会の出場者であり、称号も得てからはそこそこ有名だからね俺達。誰かがその情報に価値を見出すかもしれないし、そうである以上は情報屋が動いてもおかしくはないってだけさ」


 需要があれば当然供給も生まれるだろう。

それが例え情報だろうと、なんだろうと。


 問題はこの黒幕が誰かってことなんだけどね。


「へー、そんなもんか。まあなんでもいいけどよ、とりあえず手紙にはなんて書いてたんだ?」

「ああ。なんでも、この国の第一王女様ってのが攫われたらしい。それでアザミさんが駆けつけて対処するとかなんとか、まあその辺の事が書かれてるよ。おそらく嘘だろうけど」


 一応アザミさんが秘密裏に対処する理由としては、もうすぐ大会が始まるこの時期に王女誘拐なんて国の不信に繋がるし、表立って誘拐を公表する事ができないなんて理由付けも可能ではあるけどね。

だから、どこかで事情を知った彼女を含めた少数精鋭で向かってるとか、まあ、あり得なくもない。


 追跡能力が優秀で聖剣持ちのアザミさんなら、俺だってメンバーに彼女を抜擢するくらいだ。

それに彼女は妙に俺を信頼しているし、万が一の時のために置き手紙を残すのも悪くない判断ではある。


 だがそれはあくまで情報屋の前提が無い場合の話で、これが俺達を誘き出すために誰かが仕組んだ物だとしたなら、話は別だ。

そう考えれば情報屋が部屋の場所を知っていたのも、アザミさんを使ってこちらの興味を強く引こうとしているのも、相手が最初からこちらの動向を注視しており、俺達に強い関心を持っているという理由で説明がつく。


 そして、今までの旅の中で強い関心を持つ理由がある相手と言えば……。


「なるほど、あの龍人族か」

「龍人族だぁ? ルーが叩きのめしたっていう、あの経験不足のアレか?」

「たぶん間違いないよ。でもって、昼に話した情報屋っていうのと同一人物」


 確か情報屋の噂には空を飛んだとか、正義の闇魔法を使ったとか、そういった物があったはずだ。

能力の完全一致もここまでくれば清々しい物がある。


 ……だが、奴の意図が読めない。

あいつは一度俺と戦って実力差を理解しているはずだし、何の策もなく、しかも王都という強者があつまるこの大都市で、さらに俺達三人を相手にするなんて考えるだろうか?


 動機にしても王女を攫ったとかそもそも意味不明だし、俺を誘き出すだけならアザミさんを誘拐すればいいだけで、セットで王女を攫う必要がないだろう。

その点だけがどうしても謎だな。


 まさかだなんてのは考えにくいし、何なんだろう。


「まあ考えていても仕方ないか。ちょっと行ってくるよ」

「おいおい、一人で行く気かよルー。敵がいるなら俺も連れて行けって」

「そうよー。あの犬っころが何を企んでいるかも分からないんだしー、変な虫がついたらたまらないわー」


 二人が俺を引き留めるが、ここを譲る気はない。

三人を誘き出す予定が見え透いているし、わざわざ罠にかかってやるのはなんかムカつくんだよね。


 ならば俺だけがその策に乗っかり、三人同時に相手が出来るだけの根拠とやらを、個人の力だけでねじ伏せてやる。

友人であるアザミさんを誘拐したばかりか、この俺の親友を策に嵌めようとし、あまつさえその実力を甘く見たその根性、……完全に叩きのめさないと気が済まない。


「悪いけどここは一人で行くよ。俺の力でぶっ飛ばさないと気が済まないんだ」

「お、おう分かった。……ルーの本気マジになった顔は久しぶりに見たな」

「まぁー、ルーくんがそういうならー、カッコよさに免じて許してあげてもいいけどー」


 とりあえず、手紙にはアザミさんが向かうつもりだとか言ってる場所が記載されているので、そこに行けばいいだろう。


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