【閑話】賢姫
麗しき救国の賢姫ラルファレーナ。
人はガイオン王国第一王女、ラルファレーナ・ガイオンの事をそう呼ぶ。
ある時は王都を襲った疫病の正体を突き止め、まるで事前に分かっていたかのごとく用意された改善方により、羊の脂を使って作られた旧式石鹸に頼らない新規製造方法を編み出し、重曹石鹸なる物を配布。
都合よく近くに港町がある事を良い事に、海水から採った食塩などを利用したその石鹸は、王都の街並みを清潔に保ち疫病を食い止める事に成功する。
そしてまたある時は後に
その他にもまた多くの功績があるが、天からの啓示を受けたかのように的確な策の数々は、瞬く間に民衆の支持を得て勇者の子孫との縁談すら可能にした。
しかし当然良い事ばかりではなく、彼女の快進撃が続くあまり嫉妬も絶えない貴族界では、この縁談もまた彼女の策の内なのかと、事を重く受け止め警戒する者も数多く存在した。
たとえ彼女が縁談の相手を本気で愛しており、幼馴染として築き上げて来たその関係に偽りが無かったとしても、政治に敏感な敵対勢力の者達からすれば目の上のたんこぶ。
もしかしたら救国の賢姫は、あの人類の希望である勇者の血を利用しているだけのではないかと、そんな噂が流れる事も少なくはないのだ。
……だが彼らは知らない、そんな足の引っ張り合いをしている間に、魔族という脅威が水面下で動きつつある事を。
彼らが貶めようとしている賢姫がその事を察し、皆を救う方法を探し足掻いている事を。
──☆☆☆──
「レーナ! ラルファレーナは居るかっ!? 君が気にしていた冒険者達の動向が、ようやく掴めたんだっ!」
「…………はぁ。お待ちしておりました、ツキミ様」
王宮にある王女の私室に押し入り、返事を待たずに扉を開けるのは、勇者の子孫であるツキミ・サガワその人だ。
現勇者であるソウ・サガワ卿の長男にして、次期勇者と名高い凄腕の魔法剣士である彼の性格は、良く言えば裏表がない熱血漢、悪く言えば考え無しの無神経である。
王女であるラルファレーナもそのあたりは十分に理解しており、今では多少憂鬱な気持ちになりつつも、惚れた弱みのためかある程度は許容している程だ。
「おや? どうしたんだレーナ、浮かない顔をしているように見えるけど」
「いえ、なんでもありません。ツキミ様が傍に居られるこの瞬間こそ、私の幸せなのです。それに、ツキミ様の事は十分理解しておりますとも」
普通は王女の私室に押し入ったりすれば打ち首物なのだが、幼き頃から付き合いのある二人を良く知るガイオン王は気にも留めておらず、むしろ来てくれる事を歓迎している。
例えこの場に王が居たとしても、笑って許しているだろう。
「ありがとうレーナ、俺も君を愛している。闘技大会では絶対に優勝するから、どうか見守っていてくれ」
「ふふっ。はいはい、分かりましたよ最強のご子息様? 期待して待っていますとも。……それで、私が調査を頼んだ冒険者の方達についてですが、何か進展がありましたか?」
国に迫る危機への対抗策として、様々な手段を講じている彼女ではあるが、中でも一番力を入れているのが剣聖や竜殺し、大魔導士といった称号を得た新進気鋭のAランク冒険者達の事だ。
彼らはツキミの実の妹であるアザミ・サガワと協力し、レビエーラにある魔族の重要拠点を潰したばかりか、最近では竜王クラスの巨大ドラゴンとそれを使役する強靭な魔族を撃退した、どうしても手駒に加えたい最強の一角なのだ。
確かに冒険者としての格だけなら、Sランク冒険者や勇者のパーティーメンバーである者達に大きく劣るだろう。
しかし大事な所はそこではない。
彼女は気づいているのだ、彼らには魔族を発見しおびき寄せ、圧倒的な力を以て狩れるだけの何かが隠されていると。
それは見逃してはならない事であるし、例えどんな理由が隠されていたとしても、こちらに味方をしてくれている内は絶対に手放してはならないのだと。
背に腹は代えられないという奴だろう。
「ああ、進展だらけだ。アザミに無理を言って聞き出してきたんだけどね、まず剣聖の方はどうやら剣の
「なるほど、闘技大会ですね。ですがこれで彼らの意図が掴めました。これはちょっと、嬉しい誤算ですね」
ツキミが一息に語り持ち帰って来た情報を一瞬で整理し、答えを導き出すラルファレーナ。
一体何がどうなってそういう結論に至ったのか男の方は理解していないが、それでも彼女の言う事ならばと納得した表情を見せる。
「さすがレーナ。それで、嬉しい誤算とは?」
「ええ。まず最初に竜王クラスのドラゴンの素材が出回ったという事は、彼らが王都に来たという事でしょう。次いでこの時期に王都に来る理由があるとすれば、それは闘技大会しかありえません。そして最後に、彼らが闘技大会に出場する理由があるとすれば、それは名誉の獲得。もっと言えば私達への接触が目当てです」
事実、ラルファレーナの言うところは正しい。
しかしなぜ闘技大会に出場する理由が名誉だけなのか、日々鍛錬に勤しみ経験を積みたいと考えているツキミには理解できない所もあった。
「ただ修行に来たという可能性は?」
「当然、それもあるかもしれませんし、可能性は高いです。しかし強い者と戦いたいだけならば、二ヶ月もの間あれ程の者達がヨルンに滞在する事など考えられません。最初は魔族の件が片付いていないが故の滞在だとだけ考えていましたが、正確ではなかったようです。彼らは恐らく、実績を積み地位を向上させるのに丁度いい町がヨルンだと、そう考えたのでしょう」
そう考えれば全ての辻褄が合うと、彼女は語る。
「……なるほど。向こうも何かしら目的があるって事か」
「ええ。ですが、それが分かった以上こうしては居られません。せっかくですし、もっと大胆に行動してしまいましょうか。あの情報屋の手を借りるのは気に入りませんが、一芝居打つとしましょう。妹のアザミ様にも協力してもらうので、ツキミ様はそちらの確保に向かってください」
そう決断した彼女は大した護衛もつけずに王宮を飛び出し、神出鬼没であるはずの情報屋、【力なき者の剣】などと噂される者の所へと向かって行った。
彼女にとって
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