【43話】酒場での噂


 ガイオン王国首都、王都ガルガレオン。

屈強な騎士団と魔法兵団を有し、魔大陸と隣接する人間大陸辺境の大国であるが故に、魔族の発見例や被害がそれなりに多い稀有な国だ。


 しかし隣国であるエヴァンチェ神王国との関係は比較的良好で、特に神王国側に在籍する勇者とは懇意の中であるため、魔族関係の問題は大きくなる前に処理される事が多い。

また勇者と懇意であるその証拠に、ガイオン王国の武力を他国にアピールし、なおかつ外との繋がりを維持する目的がある闘技大会にも、勇者の子孫やその仲間が出場するなど協力的な姿勢を見せている。


 特にこの国の王女と勇者の子孫の一人は幼馴染という事もあり、将来は王家に勇者の血が混じるかもしれないなどという噂が流れ、ガイオン王の国民からの支持は大きく上昇しているようだ。


 ただし全く不安や懸念点が無いわけでもなく、最近台頭してきた神出鬼没の情報屋集団なる組織には国も頭を悩ませている。

彼らは高額な対価さえ払えばどんな情報でも、例えば裏組織や魔族の情報などが買い取れるらしいと専らの噂で、それほどまでに腕が立つというのに足取りが全くつかめないからだ。


 そんな怪しげな存在から買い取った情報が正しいかどうかなど、誰にも分からない。

ただ一つ分かっている事があるとすれば、国ですら掴めていない程の情報を持つ者達が何の枷もなく動きまわり、尚且つ何の人的被害も出していないと言う事だ。


 これでは指名手配をする事もできなければ、表立って捜索する事もできない。

そんな事をすればせっかく上昇している国民からの支持を、一度に失う事になるだろう。


 もしその情報屋が国に牙をむいた時にどうなるのか、誰がその者達を止めるのか、何の目的があるのかも分からない。

後ろ暗い事のある貴族や、重要な機密を持っている国の重鎮からすれば頭の痛い話である。


 その情報屋が味方なのか敵なのか、組織を取り締まっている者が誰なのか、暗躍する目的すら闇に包まれたまま、後ろ暗い者達ほど苦しい毎日を過ごす事になるだろう。



──☆☆☆──



「と、言う訳でな? 最近はその謎の情報屋の話で王都は持ち切りでよぉ、戦闘力も常人離れしているようだから、今年の闘技大会の誰かがその情報屋なんじゃねぇかって話だぜ」

「へー、そうなんだ」


 現在、ヨルンから一ヶ月かけて王都にやってきた俺は暇を持て余し、大会までの数日間の間に適当な依頼でもないかと酒場で聞き込みを行っている。


 だがさすがに大国の首都というだけあって、闘技大会の直前であるこの季節は大した問題が発生しておらず、ヤバそうな依頼はとっくに他の高ランカー達に持っていかれてしまっていたようだ。

少し出遅れた感が否めないが、まあしばらく王都にはいるつもりなのでいずれ機会もあるだろう。


 ただ聞き込みに関しては何の収穫も無かったという訳でもなく、神出鬼没の謎組織の噂なんかを聞けたりもした。

なんでも、闇組織や魔族の情報すら容易く仕入れてくる凄腕のようで、戦闘力に関しても並みの冒険者では全く歯が立たないレベルらしい。


 ただ依頼料が馬鹿みたいに高く、支払えなければ例え王族の依頼であろうと手を貸さない頑固者のようで、対価となる物も金とは限らないのだとか。

まるで前世で言うところの、陰を束ねるダークヒーローだなと思わずにはいられない。


 民衆からすれば権力に屈しないその姿勢は好感を覚えるものだったようで、今では王都の劇場で【力なき者の剣】とかいうタイトルのお芝居まで作られているそうだ。


「でよぉ。その情報屋なんだが、なんでも空を飛んでいるのを見たとか、正義の闇魔法を使用するとか、色々な噂が流れててな? どれもこれも嘘くさい上に、その中のどの情報が正しいかなんて推測もできねえ。考えれば考えるほど謎しか生まねぇ、きな臭い組織なんだとよ。……ップハー! 他人から奢ってもらう酒はウメェ!!」


 酒場のソロ冒険者が酒を煽り、頑丈なジョッキをテーブルに叩きつける。

これで五杯目のエールなのだが、よく飲むなこのオッサン。


「なるほど、面白い話をありがとう。それじゃ俺は仲間達のもとに戻るから、あとはこの金で酒の御代わりでも堪能してくれ」

「おう! ありがとなぁボウズ! こんな話でよけりゃぁまた話してやるよ」

「ああ、またね」


 そう言い残して酒場を出る。

ディーとサーニャはそれぞれ鍛冶屋への素材持ち込みや買い出しを行っており、だいぶ時間も経ったし二人と合流ができるだろう。


 中級ドラゴンの素材に関しては鱗と皮だけを防具に使い、残りは売却し資金も潤っているので、装備作成の資金は十分にある。

むしろ御釣りがくるくらいなので、合流したらミスリルソードへの魔法陣付与の事を話してもいいかもしれない。


 魔法銀ミスリルの剣は特殊な魔法陣を刻むことにより魔剣と化し、魔法金オリハルコン魔法鉄ヒヒイロカネなどには劣るものの、それなりに強力な武器になるのだ。

刻む魔法陣や効果によって依頼料が天井知らずになるので、あまり特殊な効果はつけられないが、それでも十分。

既に基本性能はかなり高く、折れさえしなければ剣としての役割は果たしたと言えるからだ。


 魔剣の特殊能力はそれなりに有用だが、それだけに頼った前衛など使い物にならない雑魚でしかない。

超強力な装備を有しているアザミさんですら聖剣の性能に頼り切りではなく、技量だけを見るならかなり高レベルだし、【身体強化】と同じで戦士の基本はどこまで行っても本人の力量なのだ。


「にしても、アザミさんか。お父さんとの交渉結果は失敗に終わったらしいけど、それでも食い付いてくるんだから、あれは相当の負けず嫌いだな」


 ちなみに今夜合流の約束をしており、俺達の泊っている宿に彼女も泊まりに来るとの事だ。

彼女もBランク冒険者として闘技大会には出場するらしいので、せっかくだし色々情報交換でもしようと思う。


 勇者の子孫すら出て来るこの大会の事とか、現地の人間であるアザミさんの方が詳しいだろうしね。

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