【閑話】頭でっかちの自問自答
誇り高き魔族の頂点、龍族の血を引く龍人族のエリート、魔戦士グラヴ。
それが私の名であり、至高のお方である新魔王軍勢力の長、レヴィア様とも血の繋がりがある筆頭眷属。
そのエリートの私が、ただのヒト族に敗北してしまった。
いや敗北などという表現では生ぬるい、こちらの計画を全て覆された上で生き恥を晒すように見逃され、あまつさえレヴィア様から貰い受けた騎乗用のドラゴンまで失ってしまったのだ。
それが例えいくらでも替えの効く中級ドラゴンだったとしても、例え今回のヒト族が完全なイレギュラーであったとしても、私が油断さえしていなければ違う結果になっていたのだとしても、その事実は変わらない。
なぜならあの時、理不尽な戦闘力を持つ謎のヒト族に怯えた私は、何もかもを投げ出して無様に逃げ出してしまったからだ。
心が折れてしまったのだ、最強の魔族種であるこの私の心が。
ありえない、こんな事はあってはいけない。
そう思い何度も激しい怒りに駆られるが、その度にあの銀髪のヒト族の剣技が頭によぎり、途端に冷静になる。
「いけませんね。私ともあろうものが、少し計画を急ぎ過ぎていたようです。そもそも私の専門は真正面からの戦闘などでは決してない。それは自分自身が一番分かっていたことではありませんか。このようなやり方では、あの自らの力に溺れていた馬鹿な同族共と同じです。少し頭を冷やしましょう」
あの銀髪も気づいていたみたいですが、この肉体性能を持ちながらも私は戦闘が不得手。
だからこそ計画を練り、駒を使い、状況を整理する事でいままで生き延びて来たといっても過言ではない。
そしてそれこそが私の誇りであり、非才な身である私の唯一の武器であるとも理解している。
そこでふと、昔を思い出す。
……まだこの組織に入る前、少年だったあの頃を。
どうも私のやり方は、産まれ持った力を能なく振り回す同族から見て不愉快な物だったらしく、魔大陸に居た頃はずいぶんと迫害を受けたものです。
確かに魔族は誇り高く至高、そしてその力の頂点とも言える龍族は王種とも呼ぶべき存在でしょう。
だがだからこそ、そんな生まれ持った力に振り回され失敗する者は後を絶たず、逆に私のような力なき魔族が今の今まで成功を収めて来たのです。
──それなのに何時からでしょうか、何時から私はこの大陸の者を家畜などと見下し、自分が強者なのだという滑稽な妄想を信じ込み、あまつさえ全てが自分の思い通りになるなどと、そんなバカげた事を考えるようになったのでしょうか。
「ええ、分かっていますとも。全てはあの日、レヴィア様に力を認められ拾われた時から、私の思想は狂っていたのです」
ある日私に訪れた転機、四天王であるメドゥーサ・レヴィアタン様に個人の力を認められ、新魔王軍結成の幹部になれるなどという、馬鹿な話に飛びついた時から私は終わっていたのでしょう。
今なら分かる。
同族から蔑まれ認めてもらえず、別の方向で磨いてきた力を認められた私は舞い上がり、嬉しさのあまり考える事をやめてしまったのだと。
「そしてその結果が、このザマという訳ですか。笑えませんね」
自分のあまりの愚かさに、先程までとは違った怒りが沸き上がってくる。
何が魔族だ、何が力だ、何が幹部だ、冗談は休み休み言って欲しいものですね。
これでは、今まで私を迫害してきた失敗者達と、何も変わらないではないか。
それに比べてあの銀髪のヒト族はどうだ、力なき種族という身でありながら私を打倒し、決して油断せず此方の意図を正確に把握し、見事勝利を収めてみせたあの男はどうなのだ。
いや、勇者などという例外が居る以上、あの男も力なき身などでは無かったのかもしれない。
だが、それでも彼のあの姿こそが、力に溺れぬ誠実さこそが私の求めていた理想ではないのか。
その思考に至った瞬間、私の曇った思想が晴れて行き、まだ道を違える前の昔の自分に戻れた気がした。
「そうだ。魔族でもヒト族でも何族でも、そんなものは一つの条件でしかない。私はどこまでも私であり、個人は個人です。しかし、そうか。──それならば」
ある結論に至った私は飛行を中断する。
つい先ほどまではレヴィア様にこの事を報告し、対策を立てようと思っていましたが、それはもうやめにしましょう。
この愚か者を拾ってくれた最低限の謝礼として、あの男が別の町へ向かっている事だけは伝えるつもりですが、それ以上は手をかしません。
恐らくあの男の狙いはヨルンから私達の目を背けさせる事なのでしょうが、分かっていたとしてももう関係のない事です。
新魔王軍から急に抜けだせば私は追われる身になりますので、とりあえずはのらりくらりと適当な言い訳で躱しますが、いずれ完全に足を洗うための理由も用意しておくべきでしょう。
そして完全にフリーになった私が、次に向かう場所があるとすれば──。
「そうですねぇ。あの男に力を貸しに行くというのも、また面白いかもしれません。……クフッ、楽しくなってきましたよ」
幹部であった私が知る機密情報。
その力をうまく利用すれば、いつまでも不毛な争いを続けようとする者たちにも、それなりのダメージを与える事ができるでしょう。
──さあそれでは、ここから全てをやり直しましょうか。
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