【39話】戦闘開始


 慌てふためき腰を抜かす冒険者を近くの岩陰に追いやり、とりあえず戦える場所を確保すると、ドラゴンが近くに降り立った。


 【感知】では高い魔力を持った人型の反応もあるので、恐らくこいつが今回の黒幕だろう。

まだ姿を見せないので魔族かどうかは分からないが、ドラゴンに乗って来た事を考えると、まず龍人族で間違いないだろう。


 それになにより、こいつは……。


「おいルー、ちょっとこれはヤベェんじゃねぇの?」

「ああ。あの中級ドラゴンはともかく、セットでついて来た魔族の方はヤバイ。ヤバ過ぎるね」


 どうやら張り詰めた緊張感と、俺の態度でディーも気づいたようだ。


 この魔族、四天王であるウルベルト父さんとまでは言わないが、五人いたらそこそこ勝負になりそうなレベルで強い。

なんでこれ程に強力な魔族がと思わないでもないが、それでも出現してしまった事から考えるに、これは前回の事件を解決した者を警戒したなのだろう。


 前回の立役者が誰かというのを把握しているとは思えないが、少なくとも雑魚魔族を倒せる誰かである事は間違いない。

であるならば、万全を期して組織内の有力者が動いても不思議じゃないという訳だ。


「おやおや。もう二回か三回は偵察してくる家畜共を潰さないといけないと思っていましたが、これは予想外の収穫ですね。まさかこれ程の者達が釣れるとは思いませんでした。いやはや、私は運が良い」


 ドラゴンの背中から翼の生えた魔族が姿を現し、こちらに蔑んだ目を向ける。

目的の人物が見つかったからか、既に匿っている冒険者には用がないようだ。


 予定より激しい戦いになりそうなので、とりあえず【念力】で土属性魔法(偽)でも用意しておこう。

ではさっそく、時間稼ぎ開始。


「貴方が今回の騒ぎの首謀者って事でいいのかな? 今までの状況から魔族が裏に居るとは分かっていたけど、これほどとは思わなかったよ。俺達を釣ろうとしていたのも、他勢力への牽制と人間の実力者の排除が目的なのかな。完全に嵌められたよ、流石と言わざるを得ない」

「さて、なぜ私が家畜の質問に答えなければならないのか、到底分かりかねますが、まあいいでしょう。程々に納得してくれた方が戦いも盛り上がるという物です。物分かりの良い家畜に免じて、良い線まで戦えたら私が飼ってあげてもいいですよ」


 やはり話に乗って来たか。

基本的に龍人族は好戦的かつ、自信家だ。


 これだけ向こうに理解を示せば、多少は楽しめそうな奴らが本気を出して戦い、負けた時に自分の手駒になると思っても不思議じゃない。

知能が高いわりに扱いやすくて、大いに助かる。


「ああ、その時はぜひお願いするよ」

「素直な所もまた宜しい、評価しましょう。それで家畜共を釣ろうとした理由でしたか? まあ、大体そちらの推測通りなのですが、一番の理由は別にあります」

「……それはいったい?」


 そろそろ土魔法トラップに必要な魔力が溜まる。

少しだけディーに目配せをし、突撃の準備が整いつつあることを報告しつつ、【身体強化】を発動。


「勇者、ですよ。今回の件に勇者の関係者が混じっているのかと踏んでいたのです。雑魚とは言え、あの同胞も一応は魔族。それを発見し潰せるだけの敵といえば、奴らしか思い当たりませんからねぇ。以外な事に、今回はその予想が外れたみたいですが」

「なるほど、だいたい事情は分かったよ」


 魔力が完全に溜まった。

完全に油断してくれている今のうちに、不意打ちをかけてしまおう。


「ええ、ですから予想外と申したのです。貴方ならペットのドラゴンよりも良い働きをしてくれそうですし、勇者関係の者よりも物分かりが良い。大収穫ですよ。やはり私は運が──」

「ああ、やはり運悪かったなお調子者。死ね」


 気持ちよくおしゃべりをしている魔族の真下から土槍が出現し、奴の腹部を貫く。

生命力の強い龍人族がこの程度で倒れるとは思わないが、まずは一発目といった所だ。


「──ガハッ!!? な、なにが!?」

「ディー、サーニャ! 中級ドラゴンの方は任せた! 俺はこいつの相手をする!」

「おう、任せろ親友! 五分で終わらせてやる!」

「こっちは任せてー」


 不意打ちが成功したと同時に、二人がドラゴンの方へと駆け出した。

さて、グレイグ兄さんに試した時は意味不明な筋力で傷を塞がれたけど、こいつはどうかな?


 すると、傷を負った腹部が徐々に鱗に覆われていき、損傷した人間の肉体の代わりに、龍の肉体がそこに収まった。

なるほど、龍人族の特殊技能エクストラスキルか。


 名前は知らないけど、ようするに変身ってやつだろう。

やはり生命力が強い。


「まさか、まさかこの俺を謀ったというのかっ!? 至高の存在たるあの方の眷属である、この俺を!? お前のような肉が!? ありえん、ありえんぞ貴様ァアアアア!!」

「はは、頭が良くても馬鹿な奴っているんだよなぁ」


 激昂している魔族に向かって走りだし、同時にミスリルボール・ガンマを空に浮かべる。

ボールの効果はアルファが収束、ベータが拡散、ガンマが吸収な訳だが、今回はアルファとベータには用がない。


 まだ初級以上の魔法陣を高速戦闘で使えるだけの技量がなく、あのレベルの相手だと魔力の無駄撃ちで終わるからだ。

ならば相手の魔法攻撃などを吸収するガンマだけを用意し、他の処理能力は【念力】の作動に回した方がいい。


「おのれ家畜、後悔しても遅いぞっ! ───、──ファイアーランスッ!」

「無駄だ」


 殺傷力の高い炎の槍が俺に投擲されるが、ガンマが描いたという単純な魔法陣に吸収され、魔力が四散する。

というかあの魔族、実力のわりにこちらを舐め過ぎだ。

不用意に魔法の詠唱をしてくれた事で、簡単に距離を詰める事ができてしまった。


 種族的に近接戦闘が弱いという訳でもないから油断はできないが、これなら案外なんとかなりそう。


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