【閑話】湧いてきた勇気
ルーケイドさんと再会の約束を交わしてから、二ヶ月ほどの月日が流れた。
父は現在エヴァンチェ神王国の上級貴族として在籍しているため、ガイオン王国の辺境であるあの地からはどれだけ急いでも、最低このくらいの移動時間がかかってしまうのです。
ですが往復で少し時間がかかってしまう事は、あの日以降からやり取りしている手紙で報告済みだし、冒険者組合を通しているので手紙が届いていないという可能性はありえません。
現在彼らは三人含めて順調に昇格していっているとの事なので、優秀な人材である以上はギルドの方もおざなりに扱う事はないでしょうしね。
それに優秀な人材という面では、
普通はそんなスキルがあれば色々な特権がついて来ますし、その特権目当てで偽りの固有技能持ちが後を絶たない程なんですが……。
まあ、彼からしてみればそんな地位など興味はないのでしょうね。
……本当に不思議な偽村人さんです。
まさか本当にバレないと思っているのでしょうか。
あれほどの力を持ちながら村人を偽装してるなんて、バレバレな上に意味不明すぎて面白すぎです。
「くふふっ。……どの視点から見てもヘンテコな人ですね、ルーケイドさんは」
「どうかしましたか? アザミお嬢様」
ああ、いけません、もう実家なんだと思って油断しました。
こんな独り言を聞かれてしまうなんて不覚です。
どうも彼の事となると、自分の事がうまく制御できません。
これでは我が家の使用人に変な目で見られてしまうではないですか、しっかりしないと。
「いえ、なんでもありませんよ。それよりも早くお父さんに今回の件の報告をしなくては」
「かしこまりました。旦那様もお嬢様が帰ってくる事を心待ちにしておりましたので、すぐに取り次いで参ります」
「はい。宜しくお願いします」
お父さんはこの世界の勇者と言うだけあって、仕事の関係で家にいない事も多いし、各国のお偉い様方と機密情報のやりとりをしている事も多い。
この家にいる事の多い他の兄姉ならいざしらず、その娘である事を隠してまで自由奔放に動き回る私にはつかめていない事情も多いのです。
そんな事を考えながらしばらく待っていると、使用人の方が戻ってきました。
話を聞くに、どうやら今日は時間に余裕があるようですね。
「お父様、ただいま戻りました!」
「ああ、おかえりアザミ。ガイオン王国では大活躍だったそうじゃないか、レビエーラのギルドマスター並びに伯爵から、感謝の手紙が届いているよ。さすが俺の娘だ」
そう言って父はくしゃりと笑顔を作り、私の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「ありがとうお父さん。でも今回は私だけの手柄ではなく、実はとても強くてかっこいい、頼りになる助っ人がいたんです。ほとんどのその人の成果みたいなものだから、私がやった事なんて突入の指揮くらいなんだけど」
「……へぇ、強くてカッコいいねぇ。まさか好きな人でも出来たのかな?」
「ふわぁあ!? ちちちちち、ちが、ちが!?」
その言葉を聞いた瞬間、思考が沸騰し呂律が回らなくなる。
ああやばい、顔が、顔が熱い!
突然何を言い出すんですか!?
「……なるほど、冗談のつもりだったんだがどうやら当たりのようだ」
「違うから! そういうのじゃないから! その話から一旦離れてよお父さん!」
「はっはっはっ! まさかよりにもよってこの俺の娘を誑かすとは、その男も大した度胸だ。大丈夫だ、安易に手を出した事を後悔させてやる」
なぁっ!?
何を言っているのお父さんは!?
勇者であるソウ・サガワの殴り込みなんて、そんなの冗談にすらならないよ!?
「こらーっ!? 話をきけぇえええ!!」
「うむ。もちろん聞くし、冗談だから気にするな。自分の娘が傷つくような事をするつもりはない」
「騙された!?」
年頃の娘の純情を弄ぶとは、なんて父親ですか。
「それで、その男はどんな人物なんだ? アザミがわざわざ紹介するっていう事は、何か事情があるんだろう?」
「うん。実は────」
私はレビエーラでの出来事と、ヨルンでの約束の事、私の推測を踏まえた彼の能力やその背景の事を話す。
そして最後まで話を聞き終えると、父は大きく頷き、その黒い瞳でまっすぐ私を捉えました。
……そういえばルーケイドさんの瞳も黒かったな。
「なるほど、話はだいたい分かった。それとまず、俺との約束を破らずに旅を終えた点に関してはよくやった。あの約束は勇者の威光に頼りきりでは世界を真っすぐ見られないと、自分から言い出した事が切っ掛けだが、それでもそのルーケイド君との約束事に俺という権力を出さなかったのは偉い。……で、その子と俺が会うっていう約束事についてだが──」
父の雰囲気が変わり、あたりに緊張感が漂う。
「うん、その件については却下だ。娘の恋路を応援してあげたい気持ちもあるが、自力で勇者である俺に会い来れるくらいの男でなければ、絶対に認めない」
「そんな!? 私はそんなつもりじゃ……! それに彼は固有技能持ちだよ!? 絶対に戦力になるっ」
「固有技能云々については確かに素晴らしい素質だし、俺が色々と教えてあげられる事も多いだろう。だが、それは建前だろう?」
「…………っ」
その言葉に息が詰まり、言い返すことが出来ない。
でも確かにお父さんの言う通りだ。
こんなのは建前でしかないし、本音は彼に自分の価値を示したかっただけに過ぎないのだから。
「少し頭を冷やせアザミ。たぶん彼が俺にこの約束を持ち込んだのも、そういう意図があっての事だろう。その点に関してはかなり見どころのある人物にも思えるが、だからこそ、俺を使わずに自分の価値を彼に示しなさい。……それでこそ対等の関係という物だろう?」
「…………」
全くもってその通りで、自分のあまりの不甲斐なさに涙があふれ出る。
「まあ、その聖剣はそのまま貸しておくから、もう一度彼に会ってくると良い」
「はい、分かりましたお父さん」
「大丈夫だ、がんばれアザミ。きっとなるようになるさ。──自分と、自分の選んだ人間を信じるんだ」
そう言って、頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
でも少しだけ、勇気が湧いてきた気がした。
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