【33話】追って来るよどこまでも


 レビエーラから徒歩二日の旅を終え、夕方頃に次の町へとやってきた。

門番をしている兵士に聞いたところ、この町の名はヨルンというらしく、人口も千人から二千人ほどと辺境にしてはそこそこの規模があるようだ。

王都などの大都市にもなると一万から二万人程になるらしいので、それを基準にすると分かりやすい。


「それじゃ、とりあえず宿を取って明日からは冒険者としての下積みだ。雑用をバンバン受けるよ」

「任せろ。採取だろうが討伐だろうが荷運びだろうが、いくらでもこなしてやる」

「あらー、ディーがいつになくやる気だわー。私も頑張らなくちゃー」


 Eランク程度の雑用依頼では功績も報酬もたかが知れているし、魔族としての力を振るえる機会は少ないかもしれないのだが、それでもこなさなければならない。

なぜなら指名依頼などの特例を除き、冒険者は自分より高ランクの依頼を受けられないからだ。


 パーティーとしてならDランクである俺に同伴する形で同じ依頼を受けられるのだが、Dランクの依頼を三人でこなしてもうま味が少ない。

それならそれぞれが個々人で依頼を受け、高速で依頼を達成し続けた方が効率がいいという訳だ。


 普通はそんな簡単に達成なんてできないんだけど、素の実力ではこの大陸でもかなり上位に食い込むであろう俺達だけに許された戦法とも言える。


「ああ、頼むよ二人とも。それじゃ、さっそく宿に……、んん?」


 宿に行こうと言おうとした所で、【感知】が猛スピードで接近してくる存在を捉えた。

敵にしてはやけに直線的な動きだし、不意打ちにしては思ったよりも遠くから行動を起こしている。

むしろ此方に対し、存在をアピールしているかのようだ。


「となると、残った条件は……、まさか──」

「ルゥゥウウウケェェエエイィドォオオさぁぁあああああん!!! 見ぃいいつけたぁあああああ!!!」

「やっぱりアンタかぁあああああ!!?」


 振り返った瞬間、両手を広げて突進してくる、満面の笑みの獣人美少女が視界に映る。

あの子、まさかここまで匂いを辿って追って来たとでもいうのだろうか。

なんという執念だ、あまりにも無慈悲なその追跡能力に恐怖しか湧かない。


 そして驚きと混乱と恐怖によって硬直する俺に対し、これがトドメだと言わんばかりのジャンピングタックルを放つアザミさん。

なんて見事な奇襲なんだ、まさか精神的な衝撃を与える事で相手を硬直させ、【感知】で先読みされている分の距離的アドバンテージをダッシュで埋めてくるなんて。


 くそ、俺は彼女を侮っていたのかもしれない。

おそらく硬直した一瞬の隙を突かれ、間違いなくあの一撃を貰う事になるだろう。


「お仕置きのぉ、……アザミスマッシャァァアア!!」

「しまっ────」


 られるっ!

そう感じた瞬間、突如として背後から膨大な殺気が膨れ上がった。

これは、……サーニャの気配?


「……させるかよ犬っころ。死ね」

「う、うわわぁっ!? あぶなぁっ!?」


 ──ギィィイン。


 一瞬で背後から移動してきたサーニャが、杖の先端をアザミさんの首に突き出し、その殺意しかない鋭利な攻撃を彼女の聖剣がガードする。

広場には魔法銀ミスリルの杖と聖なる剣が打ち合う硬質な音が響き渡り、両者の武器から火花が散った。


「……チッ、案外動きが良い」

「な、な、な、なぁ!? 何するんですかあなた!? 危ないじゃないですか!!」

「…………」


 冷や汗をかいて狼狽するアザミさんの台詞に微塵も気負うことなく、無言で俺の背後に戻るサーニャ。

あまりにも唐突に始まり、そして終わった戦闘に俺もディーも言葉がでない。

というか、まだ殺気だけは消えてないので本当に終わったかどうか微妙な所だ。


 そして無言のまま二人の少女が睨みあい、広場に静寂が訪れる。

通行人さんも何事かと動きをとめ、先ほどまで無邪気に遊んでいた子供達も驚きのあまり棒立ちしている程だ。


「……お、おいルー。この状況なんとかしろ、リーダーだろ」

「無理だ。サーニャが怖すぎる。たぶん声をかけたら殺される」

「奇遇だな。実は俺もそう思っていたところだ」


 現実逃避しお互いに腑抜けた事を言い合うが、確かにこのままでは埒が明かないな。

しかたない、ここは俺が一肌脱ぐか。


「……はぁ、さすがにそれ以上はやめろ、町の人たちの迷惑に──あ、はい。なんでもないです、生意気言って済みませんでした」


 やっぱり無理でしたっ!

だって殺気がすごいんだもの、何か言おうとしたら二人の顔がぐるんってこっち向いたんだもの。

チビりそうになった。


 それに、たまに杖と剣がピクピク震えている所を見るに、お互いがお互いの隙を伺っているのだろう。

顔だけは微笑みを浮かべているのに、一瞬でも気を抜いたらまた戦闘が始まりそうなその緊張感に、目を逸らす事すらできない。

この戦いを止める術を持つものが、この世界にいるのだろうか。


「ヘタレだな」

「すまん」


 そしてその後、ほとぼりが冷めるまでの数分間、広場の人々には永遠とも感じれるほどの睨み合いが続いたのだった。



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