【32話】さらば、港町レビエーラ


 定期連絡の翌朝、俺達はすぐに港町レビエーラを発った。

本当は冒険者組合にもお世話になったし、ギルドマスターや一緒に仕事をした冒険者にも挨拶をしたかったんだけど、致し方ない理由があったのだ。


 そう、あの拠点襲撃の時に唯一俺を発見した勘違い系美少女、狼獣人のアザミさんに見つからない為である。

いやまあ、向こうも本気で断ればついて来る事はないと思うんだけど、断りずらいんだよね。

だって俺の嘘が原因で勘違いさせてしまってる訳だし、泣くほど心配してくれてた訳だしって感じで。


 ま、この町から唐突に姿を消せば、さすがに諦めてくれるだろう。

ちなみに隣町までは徒歩だ。


「ふんふんふ~ん」

「なんだかサーニャ、今日は随分と機嫌がいいね?」

「それは当然だよぉー、これでやっと安心してルーくんを独り占めに出来るんだからぁー。……くふっ」

「そ、そうなんだ」


 サーニャ史上稀にみる程の、物凄い笑顔である。

一緒にいるという意味では、いままでとそんなに変わらないと思うんだが、何が彼女の琴線に触れたのだろうか。

ディーも困惑顔である。


「今日は機嫌がいいからー、さっそく二人から魔力を貰っちゃおうかなぁー。えーい、サーニャダイブ~」

「うわっ」

「ちょっ、おい。俺は女とベトベトする趣味はねぇ!」


 ディーが断りを入れるが、問答無用でマーキングが行われていく。

ほんと、他人が居ない時は人格が変わったかのようにベタベタだな。

予定では明日の夕方くらいには次の町につくはずなので、そこまでは好きにさせてあげよう。


 次の行動予定は特に決まっていないが、しばらくは冒険者としてのランク上げをして地位を盤石にする必要がある。

よって、まずは低ランクの依頼が多い雑用仕事から頑張り、全員のランクがDかもしくはC程度になれば、その時は大型の依頼が多いであろう大都市にでも行ってみようと思う。


 都市が大きければ大きい程に周辺の魔物被害は少ないが、その代わり高ランカーにしか依頼できないような対人相手の依頼もあるはずだ。

例えば王都なんかだと王様や高位貴族、大商人なんかがいる。

そんな人達が低ランカーの冒険者に依頼をするはずもなく、必然的に依頼の内容は高度で、責任のある仕事に変わっていく。


 だからこそ大物の依頼者が大物の冒険者やその他人員を呼び、街は余計に栄えるのだ……。



──☆☆☆──



 港町レビエーラ支部、冒険者組合のギルドマスター室には一人の少女の怒声が響き渡っていた。


「ギルドマスターッ!! ギルドマスターは居ますかっ!?」

「ほいほい。なんだよ聖剣の嬢ちゃん、朝っぱらから騒がしい」

「そんな悠長に構えている場合ですかっ! 消えたんですよ、それはもういつの間にか唐突に、急にです!」


 叫ぶ少女の名は冒険者組合期待のルーキー、Bランク冒険者のアザミ。

聖剣の所持者にして泣き虫、そして思い込みが激しく暴走しがちだが優しい心を持つ、狼獣人の少女である。


「お、おぉ? ちょっと落ち着けや嬢ちゃん、何言ってるのかサッパリわからねぇ」

「ですから、彼が居なくなってしまったんですよっ! あのただの村人とかいうバレバレな嘘を装う、良い匂いのするルーケイドさんがですっ! 彼は今回の事件の立役者ですよ、ただ報酬を払ってポイッだなんて、おかしいんじゃないですかっ」


 そんな聖剣の少女が叫んでいた理由はただ一つ、現在彼女の興味を独占する人物、ルーケイド・アマイモンが何も言わずに町を出て行ったからに他ならない。


 しかし本来、ルーケイドがどのタイミングでどこに行こうと勝手ではあるし、ギルドマスターに言っても詮無き事であるのは本人も分かっているのだが、どうにも落ち着くことができないようだ。

どうやら彼女の心には思いのほか彼の存在が大きく居座り、自分でコントロールできないほどに混乱しているらしい。


「ははぁ……、分かったぞ」

「……っ!! 今なんと!? やはり思い当たる節でもっ!?」

「ああ、思い当たる節ならあるぜ。これはそう、……恋だな。それも超特大の初恋ってやつだ」

「~~~~~~っ!!!?」


 ギルドマスターの言葉を聞いた彼女の顔は真っ赤に染まり、悶絶する。


「にゃ、にゃにゃにゃにゃにおぉっ!? にゃにを言っているのですかぁっ!?」

「ブワッハッハッハッハ! こりゃ傑作だ、いやぁ面白いもんを見させてもらったぜ! まさかあの最強勇者の子孫、アザミ・サガワともあろう者が取り乱す理由が、初恋だ! ガハハハハハハハッ!!」

「お父さんは関係ありませんっ!! ……それに不用意に勇者の子孫であることは口に出さないでください。今回は魔族関係の任務のために、特例としてあなたに情報が行っているのですよ?」


 先ほどまで悶絶していた彼女が、父である勇者の名前が出た途端に冷静になり、氷の表情を浮かべる。

この臨機応変さも彼女の責任感、勇者ソウ・サガワの愛娘としての自覚があればこその芸当だ。


「分かってるよ、からかって悪かった。詫びといっちゃなんだが、あのボウズの居場所くらいならだいたい分かるぜ」

「むぅ。なんだか誤魔化された気がしますが、いいでしょう、許します。お話を聞いて差し上げますとも」

「おう、それでこそ嬢ちゃんだ。さすが、巷に出回る聖剣のレプリカではなく、本物を携えているだけはあるな。……でよ、ボウズの居場所はってーと、恐らくここの隣町ヨルンだろうな。あそこは迷宮からもそこそこ近いし、ここから通うよりは良いと判断したんだろう」


 ギルドマスターの弁は正しい。

実際にルーケイド達はヨルンへと向かっているし、辿り着くだろう。

ただし、迷宮が近くにあるなどという情報は全く持ち得てはいないが。


「ありがとうございます、ギルドマスター。では私は少し用事が出来たので、今日でこのレビエーラをお暇させて頂きますねっ! 依頼も遂行しましたし、お世話になりましたっ!!」


 そうして彼女は部屋を飛び出していく。

超特大の初恋という、未知の感覚に振り回されながら。

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