【15話】衝撃のカミングアウト


 宿につくと、俺達は従士達の部屋と、父さんの部屋、俺達子供の部屋とで分かれた。

父さんの部屋と子供部屋は扉一枚を隔てて繋がっており、二部屋合わせて一部屋という計算のようだ。

特に危ない物も室内にはないので、俺達が自由に遊べるようにという従士の配慮によるものだろう。


「ふぅ、これで一息つける。ちょっと焦った」

「村長、めちゃくちゃ怒ってたからなぁ。びっくりした。悪い奴らなのかな?」

「普段は優しいのにー、あんな風に怒るのは初めてみたー」


 うん、俺も初めてみた。

でも父さんの気持ちも分からなくはない。

ようはあの人も種族差別や戦争の被害者という事なのだろう、恐らく。


 確か祖父と祖母は以前の侵略戦争の時に戦死したらしいし、その息子である父さんからしてみれば、そりゃあ恨み辛みなんていくらでもあるはずだ。

あの優しい父があそこまで過激になるんだから、よほど酷い戦争だったんだろうな。

ただ単にヒト族全体が弱いとか、この大陸じゃ扱いが酷いとか、そんな些細な理由で差別するような人じゃない事は俺がよく知っている。


 だが、それでもその激情は俺やディー、サーニャに向けるべきものじゃない。

あれはあくまでも個人の範囲で留めるべき感情だ。

俺達がどう生きて、何を見て、何を考えるのかはそれぞれが決めていく事だと、俺は思う。


 だから俺はここで推測を交えた、なるべく事実だと思う話を客観的に二人に話す事にした。


「たぶん父さんは、他大陸の人間が許せないんだと思うよ。なにせ戦争になった時に両親を殺されているって言ってたからね」

「なっ! そうなのかっ!? クソッ、あいつらやっぱり悪い奴じゃねーかっ!!」

「いや、それはどうかなぁ。悪いかどうかは恐らく、その個人によると思うよ」

「……はぁ!? 何言ってるんだよ、お前自分の家族が殺されてるんだぞ、馬鹿じゃないのかっ!」


 ディーの瞳に怒りの色が浮かぶ、どうやら悪人を擁護しようとする態度の俺が許せないようだ。

いつものながら真っすぐな奴だな、見ていて気持ちが良い。

サーニャに関してはこの険悪な空気にオドオドしてしまい、どうしていいか分からなくなってしまっている。


「いや待て待て、落ち着けディー。俺は別にやつらの味方って訳じゃない」

「じゃあ!」

「だが考えてみてくれ、殺されたのは俺達だけなのか?」

「……ッ!!」

「確かに俺達魔族は沢山殺されただろうけど、それは向こうの大陸の人間だって同じはずだ。むしろこの大陸から撤退する時は負け戦だったんだから、被害は向こうの方が大きいと見て良いだろう。だがだからといって侵略してきた事が正しいのかと言われれば、俺には分からない。元々向こうの魔族が人間にちょっかい出していたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないからだ」


 まあようするに、何も分からないって事だね、うん。

戦争なんて誰かが勝手に初めて、それに関係ない人たちが巻き込まれまくってるわけだし、一概に良い悪いで片付かない。

戦争の理由にだって利益とか差別からくる私怨とか、色々あるだろうしね。


 ここまで話すと、先ほどまで烈火の如く怒っていたディーは完全に黙り込んでしまった。

彼の中で色々と考えているようだ。

ディーは感情に流されやすいタイプではあるが、馬鹿ではない。

むしろお勉強会では助手みたいな事をしていただけあって、賢さはかなり高い方だ。


 だからこそ、何が正しいのか分からなくなってしまったのだろう。

そして、それからしばらく考えていたかと思うと、急に頭をわしゃわしゃと掻きむしり、ドンッとテーブルを叩いてこちらを見据えた。


親友ルー、全然分からねぇ、つまりどういう事だ。答えを教えてくれ」


 親友ディーがそういうと、同じく色々と考えていたサーニャも俺の方へと向き直り、うんうんと頷いている。

よし、それでは俺の答えを教えて進ぜよう。


「うん、俺も分からん」

「はぁっ!?」

「えぇっ!?」


 そんな、こいつにも分からない事とかあったのか、みたいな顔されても困るんだけど。

俺をなんだと思っているんだ。


「分からないから、そこらへんは自分の目で確かめるといいよ。ちなみにまだ二人には言ってなかったけど、俺は成人したら向こうの大陸に行くつもりだから。あ、これまだ父さんたちには内緒ね」

「……はぁぁあああっ!?」

「えぇぇえええっ!?」


 二人が大口を開けて固まってしまった。

衝撃のカミングアウトにより、完全にフリーズしてしまったらしい。

しょうがないじゃん、一度日本人に会いたいんだもの。


 するとしばらくして、ショックから立ち直ったディーが俺に詰め寄ってきた。


「おい、それどういう事だよ! 一人で行く気か!?」

「まあ、誰もついて来なければ一人で行くんじゃないかな」

「わ、私! 私はルーくんについていくもん!」

「はぁっ!? じゃあ俺だって行くっての!」


 ギャアギャアと言い合いが始まった。

どうやら二人とも冷静じゃないようなので、放置することにする。

まあ一晩考えて冷静になれば、おのずと答えは出るだろう。


 個人的には二人が一緒にいてくれると心強いんだけどね。

向こうの大陸とのやり取りがある以上、何か人間社会で安全に生き抜くような術があるんだとは思うが、討伐対象であるだろう俺が一人はちょっとって思う面もある。


 まあ、そもそも彼らや俺の両親が許可を出すかは分からないんだけど。

その時はまたその時考えよう。

……社会見学とかでなんとかごまかせないかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る