第17話 幕間―とある水棲人の話

 かつて人は一つであった。


 海より生まれた人はある時陸へと上がった。

 陽光突き刺すそこは母なる海よりもはるかに過酷な世界で、人の美しかった肌は乾き、髪は干からび、暑さに喘ぎ、命は縮んだ。


 それでも地に残った者は地上人となった。

 新たに天へと世界を求めた者は有翼人となった。

 そして、再び海へと戻った者は水棲人となった。


 そうして三者の世界は分かたれた。


 水棲人「かりゅうどロアン」は「もりびとナハルト」に問う。


 君はなぜ地上の娘を愛するなんてことを?

 彼らは弱く、短く、儚い。

 その恋は一時の幸せを運びはしても、いずれ君を苦しめるだろう。

 地上と海。

 我らは繋がることのないもの同士。

 地上の娘に恋をするなどと、孤独の毒をあおるようなものではないのか。


 「もりびとナハルト」は静かに笑う。


 元より報われることなど望まぬ恋だ。

 誰からも祝福されぬことだと知っての恋だ。

 長く長き我らの生に、短く儚きあの子の生を、縛るつもりは毛頭無い。

 ただただ遠く、ただただ深く、青く静けき海の底より、あの子の幸せを祈ること。

 あの子の愛したものを守ること。

 それは私の恋の形。


 君は本当にそれで良いのか。

 かりゅうどロアンは問う。

 このような形が私には似合うのだ。

 もりびとナハルトは答える。


 結ばれるばかりが愛では無い。

 求められて応えるばかりが幸福では無い。

 私と彼女には、私と彼女に相応ふさわしい形があるのだ。

 正しくあるかは分からずとも、最善であるかは分からずとも。分からずとも。


 そうか、わかった。

 かりゅうどロアンは笑む。

 それを君が望むならば、それが君の進む道だろう。

 ならば私はせめて、君と地上の娘の前途が明るいことを祈るとしよう。

 君が黄泉がえりのカーウースのようにならぬよう。

 満たされぬ愛を求めて地上の娘を水底へさらいては沈め、沈めては攫う、

 永久とわに満たされぬようなモノに成りはてぬよう、父なる海に願うとしよう。


 ありがとう、友よ。

 ならば私も祈ろう、かりゅうどロアン。

 いつか訪れるだろう君の恋が、君の運命が、安らかなるものであるよう。

 かりゅうどたる君を満たしてくれるものであるように。


 そうして月日は流れ、かりゅうどロアンは知る。

 それはかがり火の娘。

 弾ける焔。

 火花を散らすまばゆい命。

 地上人の娘と、水棲人のかりゅうどは巡り会い、恋に落ちるのだと。|

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