第12話 交差(2)

 海の色を反映したかのように、夜の空は濃い青色。

 海砂の中から拾い上げた金緑色の橄欖石かんらんせき

 両手いっぱいばら撒いたような星ぼしに囲まれ、

 月が真珠のような顔で地上を見つめている。


 夜をざわめかせた歌声はまだ聞こえる。

 南国の生暖かい空気を通したその声は、

 潮騒に融け、波間をくぐり、

 岩場で眠る海鳥たちの胸の柔らかな白い羽の間を通り抜け、

 聴くものに訴えかける。


 こっちだ こっちこっち ゆこう ゆこうロアン ぼくらのかりてよ


 シャチたちは訴える声にそわそわとロアンの周りを泳ぎ回り、

 水面を尾で叩き、空中に身を躍らせ、ロアンの足に身を擦り寄せ、

 声の方へ泳いで行っては、くるり身をかえしてロアンの前で甘えた声をあげ、

 ゆこう ゆこう と催促する。

 なかば押し上げられるようにして

 一際からだの大きいシャチの背に掴まったロアンは

 苦笑しつつも許可を与える為にロアンは二度、シャチの背を冷たい指で叩く。

 主人の許可を得て解き放たれた海の狼たちは、歓喜の声を上げ、

 引き絞られた弓から放たれた矢のごとく歌声の元へ身を躍らせ、

 白波を蹴立てて走りだした。


 やがて黒い波間に見えてきたのは、島とも呼べぬ小さな小さな陸だった。

 もともと岩礁があったところへサンゴの死骸が打ち寄せられ

 出来上がった小さな浜。

 どこからか鳥が種を運んだのか、わずかな草がまばらに生えるばかりのそこに

 一組の地上人の男女がうずくまっていた。


 女の方はまだ少女と呼べる幼さ。

 成熟しきっていない体をぐったりと投げ出した姿は

 既に息絶えているかのようだが、

 半ば閉ざされた目蓋の奥は暗く、黒く。

 そこからとろとろと粘液質の闇が零れだして

 服を、砂を、肌を、黒く穢している。

 紅いリボンを結んだ金の髪も、墨が染み込んでゆくように変色しつつある。

 この距離でも水棲人の鼻には分かる

 胸の悪くなるような穢れの臭い。


(とがびとカーウース……黄泉がえりの禁忌に触れたか)


 その黒く、暗く、闇く穢れた少女を

 もう一人の人影――青年は白砂の上に座ったまま

 宝物のように抱き上げていた。

 まるで乳飲み子を抱く母のように。

 少女の力の失せた体を緩やかにあやしながら、その口は歌を紡ぐ。


 doio-aotoade doio-aoatode

 tosena bokisotawa rokutu sahoineo

 doio-enugaada kekehu medosatsuyu


 歌は祈りだ。

 奪われてゆく熱を繋ぎとめようと願ううたびとの叫びだ。


 月の引力に引かれた海がその喫水線をのたりもたげ、青年の爪先を濡らす。

 月影に青い岩礁と青い海と青い夜空に囲まれ

 白く白い浜のうえ、

 それは一対の母と子の像のようであった。


 しばし見つめていたロアンの背を

 シャチがついついと鼻先でつつき、

 他のシャチたちが一斉に波を起こし、

 ロアンの背を浜の方へ押し出す。

 その水音に、サンゴの欠片を踏んだロアンの足音に、

 歌声の主が顔をロアンたちの方へ向ける。


 かりゅうどロアン


 うたびとアリオン


 これが初めての邂逅であった――。

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