第11話 交差(1)
月光が頭上からころころと滴り落ちてくる夜。
シャチを駆っていた水棲人のかりゅうどロアンは
ふと誰かの声を聞いた気がして
水を掻いていた足を緩やかに止めた。
うねる水流のいきおいのまま
先へ先へとはやるシャチたちの背を叩いて宥めながら、耳を澄ます。
ごろごろと唸るのはサンゴ礁の隙間を通り抜ける水の音。
ふつふつと呟くのは砂地をよぎるかにのあぶく。
目を見開いたまま眠る魚たちの寝息。
夜が染み込んだ海砂の子守歌。
ひっそりと目を光らせ、
夜の世界を泳ぐ魚たちの鱗が月光にぬらりと光る。
密やかなざわめきに満ちた海の底へ、
誰かの嘆く声がゆるりゆるりと溶けてくる。
どうか いかないで どうか いかないで
なぜに ぼくたちを わけて しまうのか
一度地に足を付けながら
しかし海へと戻ってゆく彼らを
陸に残された者たちが引き留めようと歌った歌だとも。
海に奪われた家族を返して欲しいと乞い願う歌だとも。
波打ち際を挟んで愛を囁きかわす水棲人と地上人の歌だとも言われている。
ロアンは瞬きをしない碧い目で
分厚い水のレンズ越しに月は貝のように白く柔い顔をする。
どうか おねがいだ ここへ もどしてよ
やめて なきながら ここで まっている
歌い方こそ拙いながらも
声にこもった悲痛さは水を通してなお鮮明で、
ロアンはふと
昔日にすれ違った有翼種の子の身を切るようなさえずりを思いだす。
兄の記憶を受け取り損ねた、取りこぼしてしまった――
ましろい羽毛を震わせて泣いていた小さないのち。
そして出会った燃えるような、焦がすような瞳の陸に生きる少女。
どうか いかないで どうか いかないで
シャチたちも迷子の子供のように心細げな歌声に気づいたのか、
落ち着かない様子でロアンを取り囲み、
急かすように彼の褐色の背を鼻先で押した。
わかった。ゆこう。
昼間よりいくぶんぬるい水を蹴り、
ロアンは月の重力に引かれるように浮上していった。
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