第7話 幕間―花水葬

 おめでとう おめでとう


 白銀色の身をくねりおどらせ、御使いたちが祝福する。

 透き通った水晶のしとね

 その合間を縫うように泳ぎながら、口々に彼らは寿ことほぐ。


 つみぶかき とがびと カーウース

 あいふかき とがびと カーウース

 しでんをしたがえ ふかきふちにまどろみ

 ようこうをさけて アイをもとむモノ

 ぎんしのかみ こがねのひとみ

 うみよりふかく うみよりくらい ほうぎょくのにないて

 カーウースのため あたらしいひめを おつれしよう

 さあさ おいでなさい おいでなさい われらのすまう わだつみのそこ

 あらたな ひめよ

 カーウースの にえよ

 こぼれるあぶくは しんじゅのごとく

 こぼれるなみだは しんしゃのごとく

 うつくしい ひめよ

 うたかたの あいよ


 しゅるり、しゅるり。

 御使いたちは歌い踊る。謳い舞う。

 唄いながら道標となって、深く深く潜ってゆく。


 ひめをなぐさめよう こぼれるほどの サンゴのハナを

 ひめをなぐさめよう あふれるほどの つきびとたちを

 いっしょに しずめば こわくない

 めでたや めでたや いわいせん

 きょうは カーウースの ヒメムカエなり


 水棲すいせいたちの先頭、不吉なほど美しい男に手を引かれてゆくのはクレッサ。

 結った髪は解けて海流にゆらゆらと踊り、見開いた目は男を見つめている。

 後ろを幾十もの御使いが群れを成して続き、その御使いたちに引き込まれるように娘たちがたっぷりと海水を含ませて濃色に変色した衣装を纏ったまま続く。

 それはまるで水中の花嫁行列。

 水面で必死にもがくうら若い乙女のふくらはぎに銀色の鱗が絡みつき、また一人、一人。水底へ誘われてゆく。


 その様をどす黒く変色してゆく視界でタレイアも眺めていた。

 口を鼻を粘膜ねんまくを侵す塩辛い水の息苦しさはどこかへ行ってしまったようだった。

 手が重い、足が重い、腕が重い、頭が重い、光が遠い。

 どちらが上か下か分らない。

 する、と御使いの長い体がタレイアの腰に絡みつく。


 めでたや めでたや

 おまえも こちらへ おいで

 ヒメと ともに ワレラと ともに ゆこう ゆこうぞ


(父さん……母さん……クレッサ……みんな……)

 冷たく滑る鱗は硬く、タレイアの肌に刺さったが、不思議と痛くなかった。

 ごぼ、と口から泡が抜け出て、真珠のように煌めきながら遠ざかってゆく。


 肺の中まで海の味がする。

 嗚呼きっとこれで良かった。海から来たあたしたちは海に還ってゆくのだ。


 髪に結んだ深紅のリボン。結ばれた鈴がチリンと澄んだ音を立てた。


(兄、ちゃん……)


 おや

 おやおや

 ごらん ごらんよ みてごらん

 カーウース ごらんよ このこを なにかもっているよ


 御使いたちの声に、カーウースと呼ばれた美貌の青年はタレイアを――正確には、その髪に飾ったリボンを振り仰ぎ、すんと鼻を鳴らすと金の目を冷ややかにした。


「それは捨て置け」


 あい わかった カーウース

 ぬしの いうとおり

 すてよう すてよう おまえは いらぬ

 すててゆこうぞ ゆこうぞ ゆこうぞ

 さあさ ゆこうぞ みなで ゆこうぞ

 めでたや めでたや あな めでたや


(待って)

 美しい男が、手を引かれたクレッサが、御使いたちが、他の娘たちの姿が、衣を揺らめかせ、銀の尾をなびかせながら遠ざかってゆく。

(待って)

 しゅるんと腰に絡んだ御使いが身を滑らせ、深海に飲まれてゆく。

 視界は黒々と、暗々と、見えなくなってゆく。

 遠ざかってゆく。

 置いてゆかれる。

 捨ててゆかれる。

(待って。みんな、行かないで。私も、私も、行くから。一緒に、行くから)


 もがく手はもう見えない。


 暗闇の中取り残され、ひとりぼっちでタレイアは泣いた。

 暗く閉ざされた瞼の裏にはまだ、冷たい金色の目の残像が煌々と輝いていた。

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