風が通る道

話はおよそ2日ほど経過する。

ある日の昼下がり、旅人の視界が突然明るくなったかと思うと、森の中に突如開けた空間に、150ツゲンほどの大きな大きな窪みが現れた。まるで何者かによってえぐり取られたようにぽっかりとあいた窪みは、転げ落ちたら2、3回転はしてしまいそうなほどの深さで、穴の底には大きな岩がゴロゴロと転がっている。


(黒毛がやったにしては、やけにきれいに出来すぎているよな〜…それにいくら何でもこんな大きさの個体は…)


旅人が窪みを観察しながらあれこれと考えていると、後ろの方でシュルシュル、と音がした。見ると、旅人を乗せていた生物が何かを発見したようで、それを主人に伝えるべく舌を鳴らしていた。旅人が生物の方に向かうと、窪みの底に、なにやら階段のようなものがひっそりと佇んでいた。


(地下への階段、ということはこれは人工物? 古代期にできたものか?)


旅人は階段の周囲を確認すると、ズザザと窪みの壁に沿うようにして底まで降りた。


「セル、ちょっと辺りを見てきて。ほかに人工物がないか」


旅人を乗せていた生物は、主人の命令を聞くと、音もたてずにどこかへと消えた。旅人はそれを確認すると、先ほど見つけた階段の奥へと足を踏み入れた。



階段を降りると、蒸し暑く、ぎらぎらと太陽が照り付けていた外とは打って変わって、ひんやりと真っ暗な空間が広がっていた。高さは旅人と同じくらいだが、奥は果てしない闇が続いている。足が地面をする音がどこまでも反響し、この洞窟がかなり奥深くまで続いていることを想像させる。


(下は3層、奥行きはかなり広いな… とりあえず人も黒毛も気配はないけど)


旅人は奥の方へと進んでいく。しばらく進むと、入った時と同じような階段があり、下に降りると同じような暗闇がまた続いていた。足元には昔使われていたと思われるランプの遺体が、力尽きて地面に寝そべっている。ほかにも何か手掛かりがないかと、辺りを見回していると、窪みの周辺を探索し終えた生物が主人のもとに戻ってきた。どうやら近くに人工物があったようなので、旅人はそこに向かうことにした。



生物に連れられたまま向かうと、そこには少し古びたような街が広がっていた。街の入り口には朱で塗られた二つの柱があり、その間には金で縁取られた看板が掛けられていた。


“ようこそロクハへ”


パレシト語で書かれた歓迎の言葉を読みつつ柱の間をくぐると、レンガよりももっと赤いブロックで作られた、大きな大きな門が目に前に現れる。門のようなはたまたトンネルのようなそれは、ところどころに金と緑の装飾が施されていて、見るものをあっと言わせる存在感を放っていた。しかし辺りに人は見当たらない。門も、よくよく見ると所々は欠け、表面の塗装が剥がれている箇所も少なくない。地面に敷かれたブロックからは雑草たちが顔を出していて、荘厳ながらも草臥れたその様子からは、もう何年も人の手が加えられていないのが容易に想像できる。門の奥の方にはなにやら空間が広がっており、そこではじめっとした風が太陽の光を受け取って、門の前にいる旅人とのすれ違いざまにムワリと頬を撫でる。


旅人は辺りを観察しつつ、門の中へ足を踏み入れる。日の光が遮られたそこは、日の当たるところよりも幾分か涼しい。しかし門の奥からくる風は、相変わらず生暖かい空気を内包していて、門の中はじっとりと肌にへばりついてくるような空気で満たされている。門の中心部分までたどり着くと、少し開けたところに大きな二つの像が旅人を迎えた。

右には角の生えた女性、左には大きな金槌をもった大柄な髭の男性。いずれも大陸の神話に出てくる神の特徴をとらえており、大陸の者ならば、右手の女性が山と生物の女神ピオ、左手の男性が火と鍛冶の神スヴィリを模しているとすぐに気づけるだろう。

左手のスヴィリは、厳めしい顔で通路にいる旅人の方を見つめる。しかし右手のピオは、根元の台座の大きな衝撃でも加えられたのか、地面に横たわっており、地面に倒れた際の衝撃で左側の角は無残にも折れ、空しく転がっていた。


門を抜けると、赤と緑と金とが視界いっぱいに飛び込んでくる。地面には、門と同じ赤いブロックが敷き詰められ、中央には大きな噴水。そしてそれを取り囲むように、赤に緑と金を装飾した華やかな店達が軒を連ねている。噴水の奥をみると、これまた大きな階段があり、階段の先には黒と金の屋根を持つ一等豪華なお屋敷が、町全体を見下ろす形で鎮座していた。


(さっきの門といい、明らかに文化が発達している街なのに、人の気配は微塵も感じない)


広場には、噴水の流れる音だけが響いている。旅人は噴水に近づくと水を手に取り口に含んだ。


(川の水と同じだ)


「セル、水をしっかり補充しておいて。食べ物はしばらく手に入れられないだろうから」


バシャリ。旅人は噴水の水を頭から浴びると、一番近くの店に近づき、その扉を開けてみた。店内には色とりどりの鉱石で作られた装飾品が棚に並べられている。扉を閉めて、隣の店覗くと、今度は鉱石から作られた道具たちが壁一面に掛けられている。道具屋、加工屋、大工、装飾屋、空き家、そのままぐるりと一周、見渡してみるが、どの店も商品だけが並べられていて、そこを切り盛りするはずの肝心の店主は、どの店にもいない。ふう、と旅人は諦めた表情で探索を終えると、街の一番高いところ、大きな階段の先に待ち受ける屋敷を見た。ここらの店をすべて合わせてやっと同じくらいの大きさになるだろうか、悠然と佇んでいるそれは、他の建物には使われていない真っ黒な屋根に、金を走らせた一等豪華な作りとなっている。あの建物にならば、なにか手掛かりはあるだろう。旅人は噴水の水で再度顔と首を濡らすと、黒い屋根の屋敷に続く階段へと向かった。

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