独特のあの香り
「【ロクハ鉱山博物資料館】…?」
横に広いがたいして長くない階段を登りきると、とても重厚そうに見える大きな入り口の横に、パレシト語の看板が打ち付けられていた。街で一番金持ちの屋敷とばかり思っていた旅人は、そこに書かれてる言葉に少し拍子抜けする。少し重いその扉を開き中に一歩踏み出すと、中は存外ひんやりとした空気で、すこし埃をかぶったような、かび臭い香りが辺り一面に広がる。
“ロクハ鉱山博物資料館へようこそ!”
入るとまず目に入るのは、大きなパネル。大きな山の絵とともにかかれた歓迎のあいさつと、ロクハ鉱山についての説明が簡単に書かれている。
“ロクハ鉱山は、全長200ツゲンの大規模鉱山です。”
“たくさんの鉱石が産出するロクハ鉱山ですが、特に赤い塗料になるチニルと、緑色の鉱石イズリは他では見ない特産品となっています。”
“これから、そんな自然の宝庫であるロクハ鉱山のすべてをご紹介します”
パネルに書かれた順路に従い進むと、【ロクハ鉱山の歴史】と書かれた細長い板と、入り口と同じようなパネルが複数枚、壁に貼った形で並べられている空間にたどり着く。
“ロクハ鉱山は、今から約100年前に、初代街長であるロクハ・シェンカ氏によって発見されました。”
“ロクハ鉱山からは実に沢山の鉱石が出土しました。このロクハはその鉱石の売買、加工によって飛躍的に成長し、今や様々な街との交易点となっています。”
パネルには、ロクハについて様々な事が書かれている。小さな子供でも十分理解できるような工夫なのか、解説とともに様々な絵も描かれている。旅人はそれぞれのパネルを簡単に眺めると、すたすたと次のスペースへ進む。
【ロクハ鉱山出土品】、【ロクハ工芸技術】、【ロクハ周辺図】、その後も様々なコーナーが続き、ロクハとロクハ鉱山についての説明が続くが、旅人は一度も足を止めることなく通り過ぎていく。最後、出口の手前【土産品】のコーナーに差し掛かった時、これまで一度も止まることのなかった旅人の足がピタリと止まった。
「あれは…」
様々な鉱石や宝石、加工品が並べられてる中で、他とは少し離して展示されているものがある。
【ピリの涙】
たった一つの宝石のみを、ガラスでできたショーケースに入れて飾られているそれは、赤い布にうずくまるようにして置かれている。乳白色の身体は窓からの光を浴びて、青とも緑ともつかない複雑な輝きを放っていた。
(どうしてこれが、ここに…)
旅人はショーケースに鼻がくっつきそうなほど近づいてその宝石を観察すると、館内をぐるりと見渡した。そして立ち入り禁止と書かれている階段を見つけると、迷うことなくその先へと向かった。
立ち入り禁止の階段を上った先の扉を開けると、そこは館の所有者と思われる人の自室となっていた。旅人は部屋を見渡す。花瓶の花は化石となり、机も椅子も、埃の中で静かに眠っている。旅人は、この部屋がもう何年も使われていないことを確認すると、部屋の真ん中にある机の引き出しを開け、ガサゴソと中を漁りだした。
(さすがにこんなところには置いてないか)
二段目の引き出しを開けると、赤い表紙の、何やら日記のような、手のひらほどの厚みのある冊子が無造作に入れられていた。旅人が取り出して中を見ると、どうやらこの街の長が自身の仕事内容を書きつけていたもののようで、日々の商談内容、事業、街の情勢などが事細かく記載されている。ページの一番下はフリースペースになっており、ぽつぽつと、日記のようなものが記されている頁がある。
866年〇日
父親から街長の任を引き継いだ。
866年□日
ロクハ鉱山発見から100年を記念して博物資料館を設立した。初代街長も喜んでるだろうか。
生真面目な性格だったのか、日々の記録が淡々と記されている。旅人は初めの方の頁をいくつか眺めると、パララと、ある日の日記を探した。
880年300日
街の周辺に異変が起きたとの報告があった。
880年310日
鉱山に向かった人が帰ってこない件が相次いでいる。
他の街からの商人も来ない。どうなっているんだ。
880年318日
森がおかしくなってからすべてが狂っている。
このまま商人が来なければ街は飢餓に襲われてしまう。
山の女神ピリよお助け下さい。
880年325日
ピリよどうして見捨てたのか。
880年328日
街の人々が次々に消えていく。
獣が人を攫い森へとつれていくのだ。
880年330日
街はもう終わりだ。
宝石はいくらあっても腹の足しにならない。
どうして森は私たちを拒むのか。わたしたちは森に殺される。
そのあとは真っ白なページが続いており、日記はここで終了していた。パタン。旅人は本を閉じると、引き出しに戻し、丁寧に閉じて部屋を後にした。
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